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操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

仏教と私(2)

仏教塾」から「入塾許可」の連絡が来たのは、3月末のことだった。

書類が大きな封筒に入っていた。母親に「仏教塾というものに参加する」と伝えると、最初に返って来たのが

 

「あんた、なんかへんな宗教にはまったんじゃないでしょうね」

という答えであった。

 

母は、昔から「目に見えないもの」「スピリチュアルなモノ」は嫌いなのである。
今、仏壇に毎日お花をご飯をお茶を供えているのも、仏教というよりも、父にお供えしているのだろう。

 

私は「超宗派の勉強会で、4月末には、千葉の夷隅郡にある日蓮宗系のお寺に修行に行く」ということを告げた。

 

我が家の近所にあるお寺は日蓮宗のお寺である(もともとは両親の実家とも曹洞宗だが、東京は最近宗派問わずのお寺が多いのである)。

 

その辺りを話して、やっと「怪しいカルト」とかにハマっているのではないことがわかったようだが

「あんた、仏教なんか好きだったの?変わってるね」と言われた。

 

へ??

 

今まで「あんた、仏像とか好きなんて変わってるね」とか言ってなかったか?

というか私の仏像とか仏教好きって知らなかったのか??

というか、まあ、私のことは「操体操体もなんだかよくわかんないものだと思われている)とか仏教とか好きな変わったヤツ」だと思っていて、さほど興味がないのだろう。まあ、これは仕方ない。

うちの母と妹は、基本的に私が好きなものが嫌いである。というか、私の好きなものを嫌っているという感じがする。なんだか「あいつが好きなものを好きになったら負け」みたいな感じがするが、それはどうでもいい。私は変わってるヤツでいいのである。

 

そして木曜に慌てて髪の毛を切りに行った。私としては記録的な長さまで伸びたのだが、これだけ長いと修行に差し障りそうであるし、乾かないのも困る。バッサリとショートボブにした。

 

そして、5月のスクーリングに向けてテキストを購入したり、軍手を買ったり(作務用に必要)、色々準備をしているうちに、4月22日になった。

 

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★入塾式の様子。4月21日。本郷の東京大学仏教青年会の会館にて。

 

22日は、お昼を準備しておかなければならないとのことで、東京駅の「祭」で駅弁を買った。ここは駅弁の種類が豊富で、新幹線に乗るときはいつもここで買う。

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★「鮭はらこ飯」と「いかめし」。心配?なので駅の売店でキャラメルとか飴とか買う(笑)。

 

総武本線の快速に乗り、千葉を過ぎて五井に着いた。

 

五井と言えば、小湊線の養老渓谷である。
養老渓谷は、小学生の頃家族でピクニックに来た記憶がある。
なんだか長いこと電車に乗って、川があるところでご飯を食べた。その時乗ったのが、小湊鐵道だ。となると、40年以上ぶりに乗ることになる。

 

友人のK氏が「五井の駅は小湊線に乗り換える陸橋で、おばちゃんが弁当とかオカズを売ってる」という話を教えてくれたが、その通りだった。

 

また、小湊線は、Pasmoが使えない。さらにこの日は何かのイベントがあるようで、切符売り場が異様に混んでいた(余裕をもって電車一本前でよかった)。

 

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★小湊線の電車

 

やっとのことで自販機で切符を買って、領収書をもらおうと、駅員さんに聞くと、ホームの事務所でもらってくださいとのこと。領収書をもらって、早速電車に乗り込む。

 

最近は「ローカル線の旅」が流行っているらしく、マップやカタログを持っている人が多い。また、どうやらアートイベントもやっているようだ。

 

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途中の駅で「トロッコ列車」とすれ違う。線路は単線なので、すれ違う時は少し待つのだが、待っている間に、駅のホームの出店で買い物ができる。また、電車の中には「焼き芋売り」のオジサンが出現していた。

 

私の前には若い女子が二人座っていたが、横に座っていたじいちゃんが、この若い二人に色々一生懸命話しかけていて、ついには写真を一緒に撮るところまで持っていき、さらにそれをTwitterで投稿するという一連の流れを観ていた。

 

そうしているうちに、終点の上総中野駅に着いた。

ここからバスで妙巌寺に向かうのである。

 

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上総中野駅。なんだか可愛らしい駅である。

 

駅前にはチャーターしたバスが止まっていた。

それに乗り込んで、出発。

 

修行のはじまりはじまり。

般若身経を知らずして操体を語るなかれ。

今回のGWの講習には、操体を勉強しているという方も何名か含まれていた。

 

その際、驚いたのは「般若経」(からだの使い方、動かし方の法則を世界で一番短いお経になぞらえたもの)を知らないという方がいたということだ。

 

操体初心者ならばわかるが、操体を勉強しているのに、知らないというのである。

 

・・・

 

以前「操体をやってる」というのに、橋本敬三先生の名前を知らないという凄いヒト(アマチュアではない)もいたが、操体の「テクニック」のみ教えて、一番基礎となる「からだの使い方、動かし方」を指導しないというのは、非常に残念なことだ。

 

操体は「やり方」(Doing) ではなく「あり方」(Being) をしっかり勉強する必要がある。まあ、こういうことは、柔道とか合気道とか、指圧とか、ある程度世の中に広まると、哲学や基礎を無視して、テクニックに走る者が増えるというのは世の常である。

しかし、操体の基礎の基礎「からだを動かす」ことに直結している「般若身経」を知らずして操体を語る、行うということは、結果が出ないということだ。

 

テクニックの下には、「からだの使い方、動かし方」という「身体運動の法則」すなわち、「法則としての般若身経」が必須だからである。

 

唯一、関西の体操教室っぽいところで習ったという方は、知っていた。

 

しかし、その体操教室では「はい、頑張って、力をはち切れるくらいに入れて、脱力」という、ヘタをしたら血管が切れそうな指導をしているという。

 

これはこれで問題だが、確かに、健康体操的に操体をやっているところでは、力ませるとか、踏ん張るなどのキーワードを多用していると聞いた。

 

★私も「はち切れるほど頑張って」というのには驚いた。
★血管切れたらどうするんだろう・・・

 

受講生の方は「こんなにやわらかくて力を入れなくてもいいんですね」と、言っていた。

 

そうなのだ。操体は「北風と太陽」の北風さんのように、頑張って頑張って旅人の上着を脱がせるのではない。

 

太陽のようにぽかぽか優しく温かい光を送って、上着を脱がせるのだ。

 

ちなみに、ある橋本敬三先生の実技の映像をみると

「しずかに、しずかに」というかけ声と「ポタッ」というような声をかけておられる。

その他は「ポタッ」とか「ストン」とか。

 

まあ、そもそも「がんばるな」がモットー操体で「ギューっと頑張って」とか「はちきれるほど踏ん張って」「ドスン」という言葉は使わないだろう。

 

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仏教と私(その1)

4月21日、東京国際仏教塾の入塾式が、本郷の東京大学仏教青年会館で開催された。

 

私は月数回ではあるが、東京大学駒場の大学院でプロジェクトを手伝っている。そのプロジェクトの年に一度の成果報告会と入塾式が重なり、11時まで駒場で会議の手伝いをして、本郷まで猛ダッシュして、12時からの入塾式に駆け込み、3時半に慌てて駒場にとんぼ返りし、夕方17時半からのレセプションの受付をするというバタバタで、翌日は6時に起きて仏教塾の修行に出立した。

 

さて、思い起こすに、私は幼少時から神社仏閣が大好きであった。
中三の奈良京都の修学旅行は、仏像三昧で愉しかった。

 

母親は若い頃、仏像が怖かったそうだ。何故かというと、見透かされているようで、と言っており、私のことは変わった子だと思っていたらしい。まあ、今でも変わっていると思われているのでそれは構わない。我が家は両親が宮城から東京に出て来て作った核家族である。家には祖父母の写真はあったが、仏壇や神棚はなかった。つまり宗教的なものにはあまり縁はなく、思えば初詣などの記憶もあまりない。

 

しかし何故私は神社仏閣とか仏像が好きになったのだろう。

 

今回、色々考えてみた。

 

そして「あれ?」と思い出したことがあった。私は本が好きで幼稚園の頃から子ども図書館などに通って本を読んでいた。幼稚園の年長の頃には、小学生向けの本も読んでいた。記憶にあるのが、小2の時、父が買ってくれた「義経記」である。

これは、牛若丸が出てくる絵本のようなものではなく、義経の生涯を描いた小説であった。私が歴史にハマったのはこれだと思う。

 

そして、思い出したのは、幼稚園の年長から小学校一年生に時に買って貰った、「一休さん」の伝記である。これも絵本などではなく、厚い本で一休禅師の生涯を書いたものであった。途中、琵琶湖に身投げしたりとか、正月にしゃれこうべを棒の先に付けて練り歩いたとか(正月は、冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし、という有名な文句を覚えたのもこの本である)「とんちの一休さん」だけではない、生涯を描いた伝記を愛読していたことなのである。

 

おそらく、この「一休さん」を読みまくった(暗記するくらい読んだと思う)のが、私の「仏教観」に繋がってくるのではないかと思うに至った。

 

まあ、私に「一休さん」と「義経記」を買ってきたのは父なので、私が元祖歴女仏教好きなのは父のお陰?でもある。

★父は藤沢周平池波正太郎が好きで、殆ど読んでいた。

 

 

そして、その次のショックが山岸涼子の「日出処の天子」である。私はこれと、梅原猛の「隠された十字架」を読んでから、修学旅行の法隆寺を訪れた。

 

もう、山岸先生のお陰で、推古天皇厩戸皇子の伯母だとか、馬子とか蝦夷とかあの辺の人間関係や歴史的事件などをアタマに入れたのである。

 

私は「LaLa」を創刊号からオンタイムで読んでいたのである。

このお陰で、日本史はほぼ90点とか95点を取っていたのだが地学がまったくダメで(天気図とか高気圧とか低気圧とかそういうのがペケ)あった(笑)。

 

そして、その後プチフラワーだったと思うが、岡野玲子の「ファンシイ・ダンス」の連載が始まる。

これは、駒沢大っぽい大学出身のシティボーイが、家業のお寺を継ぐために、禅宗の寺に修業に行くという話で、後に周防正行監督、本木雅弘主演で映画化された。

 

この辺りで、私の中ではすでに「ブッダとはクールなものである」という図式が成り立っていた。

 

 

そして、私がまだ30歳にもならないうちに、父が急逝したのだが、その時、改めて知ったのは、「うちのお寺は曹洞宗」ということだった。

 

まあ、家に仏壇もないし、そういえば祖父さんの葬式の時、お坊さんが読んでいたのは般若身経だったなとか(その時は宗派を確認するということはアタマになかった)。

 

さらに、ご縁があって、家の近くの日蓮宗のお寺に父のお墓を建てることになった。東京のお寺は、最近「宗派問わず」というのも多い。というわけで、うちは元々のお寺は曹洞宗なのだが、近所のお寺は日蓮宗という次第。

 

そして私が一番通っているのは、赤坂の豊川稲荷なのだが、こちら、稲荷といっても実はれっきとした曹洞宗のお寺である。

豊川稲荷東京別院

お祀りしているのは、豊川荼枳尼眞天(ダキニシンテン)。元々は大岡越前守が日常的に信仰していた分霊をお祀りしている。お寺ではあるが、檀家やお墓はない。
いわゆる「祈祷寺」である。

 

さらに、一昨年は、秋保慈眼寺の塩沼大阿闍梨とご縁があったり、昨年は護摩供養に参加したりと、何だか「ブッダに近づいてきたモード」なのであった。

 

そして、塩沼大阿闍梨と三浦先生と私のご縁を作ってくれたのが、島地勝彦先生なのである。考えてみたら、島地先生から今東光大僧正の「極道辻説法」のCDもいただいたし、上野に行った時に、寛永寺の大僧正のお墓参りもしたのであった。

 

そうしているうちに「仏教勉強したいな」という気持ちが大きくなってきた。
三茶の隣は駒沢大学で、駒沢ならば仏教のオープンカレッジもある。そんな時、ネットで見つけたのが

www.tibs.jp

なのであった。

見つけたのが昨年の3月だったので、私は一年間待った。
そして説明会に参加し、帰宅後すぐ願書を書いたのであった

 

 

 

 

色々な操体とは?「ホンモノ」に触れて下さい。

GW前後、これは今度詳細を報告しようと思っているが、4月のフォーラムの一週間前に、東京国際仏教

www.tibs.jp

の修行で、お寺に行って来た。本当の修行に比べるとお遊びのようなものだが、座学のみではなく、実際にやってみるというのは大切である。今月も来月もスクーリングや修行があるので、詳細はまた。

 

 

そして、GW開始と共に4月29日は「2017年春季東京操体フォーラム」。そして翌日は「塾SOTAI」さらに、5月3日〜5日まで「GW集中講座(プレミアム・ベーシック)」だった。

 

今回の受講生の中に「色々な操体をみたい」という方がいた。

気持ちはわかるが、操体を20年以上勉強してきた先輩から一言言わせてもらおう。

 

「いろんな操体」というのは、「操体だけでは間に合わないので、何かオリジナルのモノをトッピングしている」のではないかと思う。「操体と○○」というヤツである。

 

また、私達が「○○操体」とは言わないのも「操体操体だから操体でいいじゃん」といっているだけで、その操体の中に「診断・分析法がある」ということだ。

 

そして、これも私の経験だが、

「色々な操体の講習を渡り歩く」よりも「一本に絞ったほうがいい」ということだ。

 

例えば私のところには「どこそこで操体の講習を受けたけれども、よくわからない」という方が来る。大抵は単発や短期の講習で、教えているのは「テクニック」であるし、「いろんなところを渡り歩いた」というヒトが、操体で上手くやっているという話もきいたことがない。

 

「楽」をいくらあつめても「快」にはならないのと同じなのである。

 

どうせならば、その道のトップに習って欲しい。それが、一番のコツだ。

そして「本物」に触れて欲しい。

 

 

美術品の鑑定にしても(これは、診断分析法に通じる)、一番のポイントは、ホンモノを見ることだという。

 

最初から、贋作はじめ、妙なものに見慣れてしまうと、本物の審美眼を育てることはできないのだ。

 

そして、もう一つ。

我々は「師弟関係」を大事にしている。「講師と受講生」という、薄っぺらい関係ではない。

 

今回、GWの講習の受講生にも伝えたが「師匠がいる喜び」というのは、本当に幸せなものなのだ。

 

困った時、壁にぶち当たった時、師匠の存在はどれ程ありがたいものか。
これが単なる「講師と受講生」の間柄ではこうはいかない。

 

また、口では簡単に「師」と言うが、師弟関係というのは、師が弟子と認め、弟子が師と認める、双方向性の関係である。単に講習を受けたから「弟子」というのではない。

 

 

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「第二分析」という名称と「操体はみんなのもの」ということ

操体はみんなのもの」(だから勝手に使っていい)という方がいます。

 

私は「操体はみんなのもの」という言葉を身勝手に使っているのだと思っています。

 

しかし思うに、橋本敬三先生がおっしゃっている「みんなのもの」というのは、「自然法則」のことです。

 

操体法における「第一分析」「第二分析」という言葉、渦状波などの言葉は、三浦寛が考案したものです。

 

以前、本を読んだだけで「第二分析と第三分析のプロ向け講座」をしていたヒトがいましたが「操体はみんなのものだから、勝手に使ってもいいでしょう」と言いました。

 

第二分析や、渦状波というものは、天然自然の法則に基づいてはいますが、三浦寛先生が、長年の臨床の中で培ってきたものです。

 

なので、それを「勝手に使っていい」というのは、余りにもアホというか、厚顔無恥としか言いようがありません。

 

★その後「渦状波」「足趾の操法」を商標登録したのは、そのこともあるからです。

 

 

第二分析以上を学べるのは「操体法東京研究会」か、認定された師範代以外からです。

 

もしも、三浦寛の講習以外で「第二分析、第三分析、渦状波教えます」というのがあったら、それは「ちゃんとしたルート」ではありません。

 

また、最近「きもちよさ」という言葉を使えば「第二分析」というような話も聞きますが、第二分析を習っていないのに(第二分析は、操体法東京研究会でしか教えていません)何故、「第二分析をやっている」というのか、不思議です。

 

★第二分析をやる、というのであれば、動至、不至、快至、最至、極至、脱至などのポイントを押さえ、手関節足関節への介助補助、連動のマスターが必須です。

 

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第4分析、息診について

第4分析、則ち息診とは。

 

この分析法を師匠があきらかにした際、私は「やはり来たか」と思った。

 

私の知る限り、師匠が触れずに子宮筋腫の場所と大きさを当てたりとか、クライアントの脳腫瘍の大きさと場所を、CTを撮る前にすでに感知していたという場面にも遭遇した。

 

また、被験者のどこに「渦状波®」を施せばよいのかもわかる。

 

これは、臨床家にとって、夢のようなスキルである。

 

息診と、新しい重心理論による操体の分析法(第5分析)による操体の講習が、いよいよ9月から開講になる。

 

皮膚への渦状波®の時は、

「皮膚を絞る」「皮膚をずらす」というような、皮膚への刺激になるような(渦状波は、刺激ではなく接触である)ことをする「まねっこ」が現れた。

 

言葉、言い方を変えて真似しているが、大事なところが伝わっていない。

なので、ちゃんと学んだ人間は「まねっこ」がよくわかる。

 

★中国のミッキーマウスもどきみたいに気持ち悪いのだ。

 

ちなみに、2000年頃に「渦状波(皮膚へのアプローチ)」が登場した際、バカにした面々がいるが、ワタシの予言通り、10年くらい経つと「やっぱり操体は皮膚よね」とか「皮膚への操体マッサージ」など言う輩も現れた。

 

第4分析(息診・息法)も、新しい重心理論による分析法(第5分析)も、世に出た当初は色々言われると思うが、コンサバな操体実践者の皆さんは、10年位したら

 

操体ってやっぱり呼吸よね」とか言ってると思う。

 

というわけで、9月から、操体法東京研究会の定例講習が開講します

 

www.sotai-miura.com