操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

操体は自分で自分を治せない?

先日ある席で、20年近く操体をやっていると言う方にお会いした。

その方は私に「畠山さんは操体の治療院をやってらっしゃるんですか」というので(その方はインターネットをご覧にはならないらしいので)「ハイ、開業して15年位になりますが」と答えたところ、「いや〜、操体って自分の治療ができない。自分で自分を治せないからダメですね」。そして操体専門というのが信じられないというような顔をされた(汗)。



「人は治せるけど自分は治せない」>



う〜ん。何だか昔、ある人が言われた『操体は痛みには効くけど症状疾患には効果がない』という発言と似ていなくもない。



私はそうは思わない。操体は自力自療が可能だ。



自分で治す」ということと「自力自療」の違いが重要だ。



話を聞いてみると、その方は地方都市で道場みたいなものをやりながら、色々な手技療法をやっているのだそうだ。



そもそも自分の治療ができないってどういうことだろう??

自力自療という言葉を過大評価している?



しかしその方の言いようを聞くと、肩の痛みが治らないとか神経痛が治らないとかそういうのをひっくるめて「操体は自分を治せない」と言われているようだった。



まあ、東京に勉強にいらしたことはないとのことだから、おそらく他の手技と一緒に第一分析をされているのだと思う。それだったら自分を治せないというのも納得がいく。おそらく「快適感覚をききわけ味わう」という体験をされていないのだ。



また、先日も書いたが膝を左右に倒してパタンと抜くとか、足関節を背屈させて脱力するとか、うつ伏せで膝を脇に向かって引き上げる、というのをご自身でされていて「操体は自分の治療ができない」と思っておられるのだったらそれは残念な事である。



また、どこまでを「自分で自分を治せない」と思われているのか。



橋本先生が書かれた「病気になる順番と治る順序」をボディーの歪みという視点から見ていただきたいなと思う。

加えて「快適感覚をききわけ(診断分析)、味わう(治療)」ということを理解していただけたらなあ、と思う。

本人にしかわからない快適感覚をからだにききわけ、味わうことが「患者自身が医療者の立場に立つ」ということなのだ。



自力自療とはまるで自分で自分をオペする外科医(そんな人いるのでしょうか)のように勘違いしているのかもしれない。橋本先生も「外科医と歯医者は必要だな」と言われた(笑)我々だって間に合わなくなったり、自力自療が適わなくなった時はプロにお願いする。



自分で考えてみてもどこか調子がヘンな場合は絶対「息食動想」のアンバランスがあるのだから。自分にも責任があるのだ。それを正さずに「操体は自分を治せない」と言ってもそれはちょっと違うのだ。



★我々は例えばどこかを壊すと(やはり40肩とか50肩とか、腰が痛いとか膝が痛いとかあるわけですよ。普段からメンテはしてますけど)



『おっ、いい勉強のチャンスだ』と捉える。



私も2年ほど前に左肩の調子が悪くなったが、自分を実験台にして色々試してみた。



そして、結局は治るのである。