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操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

何故、古武道は形稽古ばかりなのでしょうか?

http://okwave.jp/qa/q6818028.html

こんな質問を見つけた。

>>
実践を謳う武道ほど、実際に素手や近距離で戦う機会があまりない

近代に多くあらわれ、素手や近距離でやりあうことが多かったであろう
時代からある古武道が型ばかりというのが不思議です。

本来ならば、実際に戦うことが多かった時代に出来た古武道の方がより
実践的な稽古が確立されそうな感じがするのですが、
そうでもないのでしょうか?江戸時代の影響があるのでしょうか?
<<

質問者は合気道をやっているらしい。
何名かからの回答が載っているので、それはそれで確認していただきたい。

これは単純に質問者が問うていることだけでなく、その奥底に
「何で型稽古ばかりなわけ?」
「何で実践的なことをやらないわけ?」
という、普遍的な質問にも通じる。

空手などでも「型はつまらないから、早く自由組手をやらせて欲しい」
というケースがあるようだ。

気持ちはわからないでもない(笑)。

操体、特に第二分析である「快適感覚をききわけ、味わう」
動診操法を学ぶ際には、介助法・補助法、つまり、型の練習をする。
すぐに「こうやったら治る」とか、やり方を覚えるわけではない。
まずは、型の練習や、連動の体得、いや、その前に「身体運動の法則」を
体得する必要がある。

「何でこんなこと、やるの?」
「早くやり方を教えて欲しい」
という雰囲気を醸し出している受講生もたまにいる。

何故、型の練習をするのか。

それは、無意識のうちにその動きができるように、訓練しているのだ。

般若身経(世界で一番短いお経、般若心経になぞらえた、からだの
使い方、動かし方のルールをまとめたもの)が、無意識のうちに
作法として身につく、その練習をしているのである。

操体の型は「全てのスポーツや、芸事のもと」
「エクササイズではなく、エクササイズのもと」となっている。

なので、特定のスポーツなどをやっていると、最初は
やりにくい場合もある。

例えば自然体立位で右上肢を前方に出し、外旋させる。
全身形態は、右側屈の連動性を示す。体重は左足にかかる。

以前、フィットネスクラブの、エアロビクスのインストラクター15名
程度に、この動きを試すという実験を行ったことがある。
彼らの連動は、右上肢が前方に伸びる。
体重は左足にかかるのに、上半身だけねじれるという、ダンス系の
ポーズになるのである。

また、基本的に末端(手関節、足関節)から動きが始まるので、
「腰から動く」という武道・武術をやっていたヒトが
結構苦労していたのを思い出す。

一度、それまでのからだの使い方のクセを壊し、再構築する
必要があるのだ。

 

「わかった」のと「できる」ことは違う。

また、回答者の一人が書いている。
>>

本来の形稽古というのはかなり「実践的」です。ここで言う「実践的」
というのは「自由に技を使う」という意味ではありません。
自由に技を使おうとした場合には、自由に使っても危険の少ない技に
限定されがちです。危険が少ないということは、殺し合いの場で殺傷能力が
低い、つまり実戦性が低いということです。

<<

実は「自由な練習」は「実戦性」が低いのである。

型ではないが、操体法東京研究会の定例講習では、
講習のワンクールが始まる際、最初の何回かは、座学となる。
操体の哲学を最初に学ぶ。
いきなり二人一組になってやりましょう、ということはしない。
最初は、理論・哲学から入るのである。
中には早く実技をやりたくて、うずうずしているヒトもいる。
私は講習のサブ講師として参加して10年以上になるが、
この「座学」を聞くのは非常に大切なことだと思っている。
先生が話すことを聞いて、自分が指導する際のシミュレーションを
しているのである。なので、何度聞いても勉強になるし、
新鮮に感じる。また、新しい概念を学ぶこともある。


今はどうしているか知らないが、ある受講生を、自分の担当クラスの
アシスタントとして呼んだ。
息食動想など、操体の原理の話をしている時、ぼーっとしていて
何か他のことをしていたので、どうしてかと聞いてみると
「もう、一度聞いているから」という答えが返ってきた(笑)。

そうか、一度聞いただけで、全部理解して、それをヒトに指導
できるのか?私は貴方に、単に臨床だけできるのではなく、後のヒトに
指導できるような指導者に育って欲しいから、こうしてアシスタントを
頼んでいるんだが。

結局、彼は「型を学ぶ」とか「繰り返し学ぶ」というのはイヤだった
ようだ。


スペインの小野田先生のところでは、
指圧のデモンストレーションのフォームの美しさを競う
大会があるらしい。

指圧もそうだが、操体も、形が美しい時は、
決まっており、効果が発揮されている時だ。