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操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

「あだむ」。日本近代文学館へ行く。

橋本敬三先生は、新潟医専時代「あだむ」という同人誌に参加していた。
アダム社の中心人物は、式場隆三郎。精神科医で、ゴッホを日本に紹介し、山下清の才能を見抜いた人物だ。「医家藝術」初代会長でもある。橋本先生の医専の同級だった。

ちなみに式場氏が作った日本で最初の近代的精神病院、式場病院は千葉県市川市、私が中学から大学まで通った学校の側にある。橋本先生と式場先生のご縁を知った時は少なからず驚いた。なにせ10年間「式場病院」の看板や名前を見ていたのだから。

それはさておき、橋本先生がご健在のある日、東京の三浦先生のところに電話がかかってきた。

「あだむ」をもう一度読みたい。是非さがしてくれないか。

三浦先生は東京中の図書館を探し回った。そして見つけたのである。

先日、大阪で三浦先生の講義の際、橋本敬三哲学を知るには、この「あだむ」に掲載されていた、24歳の頃の短編を是非読んで欲しいという話が出た。

確かに読んで欲しいと思う。

実は「あだむ」に掲載されていた短編2編は、操体を勉強している人に是非読んで欲しいという三浦先生の願いで「操体法 生かされし救いの生命観」の初版(現在は入手不可能。ソフトカバー。現在手に入るのはハードカバー版)には掲載されていた。

ところが、ある方面から「発表するのはまかりならん」「出版社を訴える」という話が出て、初版はボツになった。

三浦先生は「イサキ」(仙台温古堂事務局から出ている小冊子)への掲載を温古堂にお願いしたそうだが、いまだそれは実行されていない(この話は先日の大阪でもあった)。

操体法 生かされし救いの生命観

操体法 生かされし救いの生命観

 

 師匠の持っているコピーを頂き、先の「生かされし」を現代語訳して打ったのは私であるが、この小編のうち、一編の終わり方がどうも気になっていた。

實に困ってゐる

で、終わっているのである。文末に「。」はない。もしかしたら次のページがあるのかも??

と思っていた。

そういった矢先、なんだか「あだむ」の実物を見てみたくてたまらなくなった。

師匠に聞いたところ、数十年前師匠が「あだむ」を発見したのは、何と世田谷の駒沢の図書館だというではないか。

駒沢と言えば、現在私が月に何度か通っている駒場東大の生産技術研究所があるところだ。駒場に行った時ついでに行ってみるか、というつもりで探してみたところ、生研のすぐ隣、日本近代文学館に蔵書があることがわかった。インターネットはやはりこういうところが凄い、と改めて感心した次第である。

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ちなみに、本郷の東大は、前田家の跡地、駒場東大と駒場公園は旧前田邸である。

個人的に前田邸の見学は大好きだ。ボランティアの人がいれば洋館の中を説明しながら案内してくれる。戦前の殿様ってこんなとこに住んでたのか、みたいな。

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日本近代文学館

というか生研から余りに近いので驚いた。まさか「あだむ」がこんな近場にあったとは。

受付で初めて利用するために、書類をかいて入館証をもらう。利用料は一日300円。荷物はロッカーに預け、備え付けの透明ビニールのバッグを持つ。閲覧希望の書籍を記載する用紙を貰う。私はあらかじめネットで調べてプリントアウトしておいたので、係の人に「あだむ、っていうのを全部見たい」と言ったところ、全冊出してくれた。

閉架式なので、閲覧希望書籍を申し出て、館内で読むのである

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★これが「あだむ」だ。

係の女性が「あだむ」を持ってきた。割と薄い本だが、全部で11冊ある。1919年(大正8年)から、1924年(大正13年)までである。

師匠は「高見順コレクション」からコピーしたとのことだったが、私が見たのは、式場隆三郎氏(出版人)の所蔵品だった。

おお、これが「あだむ」かいな、と開いてみた。

白樺派というと、武者小路実篤が有名であるし、名前は知らなくても「あ、この絵は知ってる」という「麗子」で有名な岸田劉生も、白樺派と関わっている。
「あだむ」の表紙も岸田が書いているものがあった。

オレンジ、あるいはピンク色をアクセントにした、柔らかい感じの表紙だ。

橋本先生の原稿が登場するのは何冊かある。私は何号に乗っているかリストを持っていたので、橋本先生の原稿をすぐ見つけることができた。

おお、いたいた。

そして気になっていた、

實に困ってゐる

の後に何か文章が続くのかとドキドキしながら見てみたが

続きはなかった・・(笑)

「。」のスペースがなかったのかもしれないけど「。」はあってほしかったよ橋本先生(笑)と、思ったのであった。