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操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

「楽な方に、きもちよく」ということは操体にはない。

ある操体の先生が

「楽な方にきもちよく動かす」とおっしゃっていました。

この言葉って、ちょっと聞くと
何となく「いいことば」(感じのいいことば)に
聞こえます。

 

でも、よく考えてみると
変なところがあります。

 

私が気がついたのはそこでした。

「楽なほうが果たしてきもちいいのか?」

楽でスムースで何ともないこともあるのでは?

また、可動域は小さいけれど、
きもちいい場合もあるじゃん。

 

操体は「快適分析」を重要視します。

 

例えば、フィットネスクラブのストレッチのクラスや
体操の教室で

 

「はい、楽な方にきもちよく伸ばして〜」というのは
全く構いません。

 

ある程度動けて元気な人ならそれは許容範囲ですし、

 

なぜなら操体ではないから。

 

でも
操体の指導者を名乗る人がそう言うのは

 

「症状疾患抱えた方を診たことがあるのか?」
「本当に操体のみで施術あるいは治療をしてるのか?」
ということです。

 

大抵は、臨床家、治療家ではないか、
操体の専門ではありません。

 

「楽な方にきもちよくって、自分でやってみて、
楽に動くほうが必ずしもきもちいいとは限らないって
わかんないのか?」

 

と、思います


「楽と快の違いが分かってないんだろうな」

 

   

操体というのは、
医師が行っていた治療法から発生しています。

 

これは、診断分析法(動診)があって、
治療(操法)があることを表しています。

 

ドクターが、診断もしないで
いきなり治療することってありませんよね。

 

なので、
「きもちよく動く」のではなく、

動いてみて(動診してみて)

快適感覚、きもちのよさが、からだにききわけられたら
そのきもちよさを味わう(これが操法で治療)

なのです。

 

★きもちよく動く、というのは
きもちよさをききわけた後、
診断分析が終わった後の話です。

 

と、訴え続けてはや15年位。

 

少しづつですが、何となく伝わってきています。

でも「楽な方に気持ちよく」と指導してきた方は、
今更方針を変えません。

 

なので私なんかは「うるせぇヤツ」と
思われているに違いありません。

 

 

医師をはじめ、臨床家は
分析(医師なら診断)があり、
操法(医師なら治療)という二つのステップを踏みます。

 

なので「操体はきもちよく動く」という方がいますが、

 

きもちよく動くんじゃなくて、

動いてみて(診断分析)快か不快かからだにききわけ
不快だったらやめて、快ならば、
からだの要求を満たす快ならば、その快を味わう。

味わうことによって、ボディの歪みが正される。

はい、これが「きもちのよさでよくなる」こと。

 

きもちよく動いて、っていうのは
「あ、これってきもちいい」って感じてからですよね。

 

きもちよく動けって言ったって
みんな違うし。
動いてみなきゃわかんないじゃないですか。

 

昨年大阪に行った時、三浦先生が

関西マダム達に「きもちいいってわかる?」と聞いたところ
挙手したのは数人。

「それじゃ、楽か辛いかはわかる?」と聞いたら
殆どが挙手。

 

★中部関西圏のマダムの殆どは、
臨床家ではなく、
操体教室や○○操体の会で
操体を健康体操としてやっています。

 

 

これは、指導者が「楽な方にきもちよく」という指導をしているのに 


実際に習っているマダム達は「きもちよさってわからないけど
わかるふりをしている。楽か辛いかはわかる」ということ。


この辺り、本当は「からだ」が分かっているはずなのです。

 

そして、実際に「楽な方にきもちよく」というのが
実は変だということ(楽な方がきもちいいとは限らない)を
「体感」していただくと、殆どの方がわかってくれます。

 

ということは「楽な方に、きもちよく」

っていうのは「机上の理論」ぽいなと。

(って、橋本先生もお若い頃におっしゃったかもしれませんが、

85歳とか90歳になってから「楽と快は違う」っておっしゃってる
わけですよ。時系列的には後者のほうが理論的には新しいのです)

 

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★からだは、わかってるんだよ。