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操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

仏教と私(その1)

4月21日、東京国際仏教塾の入塾式が、本郷の東京大学仏教青年会館で開催された。

 

私は月数回ではあるが、東京大学駒場の大学院でプロジェクトを手伝っている。そのプロジェクトの年に一度の成果報告会と入塾式が重なり、11時まで駒場で会議の手伝いをして、本郷まで猛ダッシュして、12時からの入塾式に駆け込み、3時半に慌てて駒場にとんぼ返りし、夕方17時半からのレセプションの受付をするというバタバタで、翌日は6時に起きて仏教塾の修行に出立した。

 

さて、思い起こすに、私は幼少時から神社仏閣が大好きであった。
中三の奈良京都の修学旅行は、仏像三昧で愉しかった。

 

母親は若い頃、仏像が怖かったそうだ。何故かというと、見透かされているようで、と言っており、私のことは変わった子だと思っていたらしい。まあ、今でも変わっていると思われているのでそれは構わない。我が家は両親が宮城から東京に出て来て作った核家族である。家には祖父母の写真はあったが、仏壇や神棚はなかった。つまり宗教的なものにはあまり縁はなく、思えば初詣などの記憶もあまりない。

 

しかし何故私は神社仏閣とか仏像が好きになったのだろう。

 

今回、色々考えてみた。

 

そして「あれ?」と思い出したことがあった。私は本が好きで幼稚園の頃から子ども図書館などに通って本を読んでいた。幼稚園の年長の頃には、小学生向けの本も読んでいた。記憶にあるのが、小2の時、父が買ってくれた「義経記」である。

これは、牛若丸が出てくる絵本のようなものではなく、義経の生涯を描いた小説であった。私が歴史にハマったのはこれだと思う。

 

そして、思い出したのは、幼稚園の年長から小学校一年生に時に買って貰った、「一休さん」の伝記である。これも絵本などではなく、厚い本で一休禅師の生涯を書いたものであった。途中、琵琶湖に身投げしたりとか、正月にしゃれこうべを棒の先に付けて練り歩いたとか(正月は、冥土の旅の一里塚、目出度くもあり目出度くもなし、という有名な文句を覚えたのもこの本である)「とんちの一休さん」だけではない、生涯を描いた伝記を愛読していたことなのである。

 

おそらく、この「一休さん」を読みまくった(暗記するくらい読んだと思う)のが、私の「仏教観」に繋がってくるのではないかと思うに至った。

 

まあ、私に「一休さん」と「義経記」を買ってきたのは父なので、私が元祖歴女仏教好きなのは父のお陰?でもある。

★父は藤沢周平池波正太郎が好きで、殆ど読んでいた。

 

 

そして、その次のショックが山岸涼子の「日出処の天子」である。私はこれと、梅原猛の「隠された十字架」を読んでから、修学旅行の法隆寺を訪れた。

 

もう、山岸先生のお陰で、推古天皇厩戸皇子の伯母だとか、馬子とか蝦夷とかあの辺の人間関係や歴史的事件などをアタマに入れたのである。

 

私は「LaLa」を創刊号からオンタイムで読んでいたのである。

このお陰で、日本史はほぼ90点とか95点を取っていたのだが地学がまったくダメで(天気図とか高気圧とか低気圧とかそういうのがペケ)あった(笑)。

 

そして、その後プチフラワーだったと思うが、岡野玲子の「ファンシイ・ダンス」の連載が始まる。

これは、駒沢大っぽい大学出身のシティボーイが、家業のお寺を継ぐために、禅宗の寺に修業に行くという話で、後に周防正行監督、本木雅弘主演で映画化された。

 

この辺りで、私の中ではすでに「ブッダとはクールなものである」という図式が成り立っていた。

 

 

そして、私がまだ30歳にもならないうちに、父が急逝したのだが、その時、改めて知ったのは、「うちのお寺は曹洞宗」ということだった。

 

まあ、家に仏壇もないし、そういえば祖父さんの葬式の時、お坊さんが読んでいたのは般若身経だったなとか(その時は宗派を確認するということはアタマになかった)。

 

さらに、ご縁があって、家の近くの日蓮宗のお寺に父のお墓を建てることになった。東京のお寺は、最近「宗派問わず」というのも多い。というわけで、うちは元々のお寺は曹洞宗なのだが、近所のお寺は日蓮宗という次第。

 

そして私が一番通っているのは、赤坂の豊川稲荷なのだが、こちら、稲荷といっても実はれっきとした曹洞宗のお寺である。

豊川稲荷東京別院

お祀りしているのは、豊川荼枳尼眞天(ダキニシンテン)。元々は大岡越前守が日常的に信仰していた分霊をお祀りしている。お寺ではあるが、檀家やお墓はない。
いわゆる「祈祷寺」である。

 

さらに、一昨年は、秋保慈眼寺の塩沼大阿闍梨とご縁があったり、昨年は護摩供養に参加したりと、何だか「ブッダに近づいてきたモード」なのであった。

 

そして、塩沼大阿闍梨と三浦先生と私のご縁を作ってくれたのが、島地勝彦先生なのである。考えてみたら、島地先生から今東光大僧正の「極道辻説法」のCDもいただいたし、上野に行った時に、寛永寺の大僧正のお墓参りもしたのであった。

 

そうしているうちに「仏教勉強したいな」という気持ちが大きくなってきた。
三茶の隣は駒沢大学で、駒沢ならば仏教のオープンカレッジもある。そんな時、ネットで見つけたのが

www.tibs.jp

なのであった。

見つけたのが昨年の3月だったので、私は一年間待った。
そして説明会に参加し、帰宅後すぐ願書を書いたのであった