読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

「色々な操体を受けてみたい」というのは。。。

先にも書いたが「色々な操体を受けてみたい」という気持ちもわかる。

 

それは、まだ「師匠」に出会っていないということでもある。

 

橋本敬三先生が、私の師匠の師匠であったように、操体を学ぶなら「講師」ではなく「師匠」に出会って欲しい。

 

「講師と受講生」「師匠と弟子」は、違う。

受講生ならタームが終われば後は勝手に開業しようが講習しようが勝手だが、師弟関係ならば、開業するにも屋号をつけるにも、講習をやるにも師匠には相談するというものだ。

 

「講師と受講生」の間柄なのに「習ったから師匠」というのではない。そういう「勘違い」は多い。

 

「師匠と弟子」は双方で「この人は師匠」「こいつは弟子」という了解があって成り立つ。受講生が「習ったから師匠」というのは、言葉だけのことだ。

 

 

それは、どうすればいいかというと「素晴らしい師匠に出会えるように願う」ことだ。

 

 

私は「この人を師匠としよう」という人が決まってから、操体の勉強を始めた。

 

私は「操体法治療室」の、三浦寛先生のパートを読んで「操体を勉強しよう」と決心した。

 

★なお「操体法治療室」の三浦先生のパートは昨年英語版が出た。私は序文を書いている。読みやすい英語なので、是非トライしてほしい。

 

 

Sotai Treatment Room: Obeying Bodily Sensations (English Edition)

Sotai Treatment Room: Obeying Bodily Sensations (English Edition)

 

 日本語版はこちら

 

操体法治療室―からだの感覚にゆだねる

操体法治療室―からだの感覚にゆだねる

 

 

 

そして、三浦先生の講習を受ける前に、別の先生から操体を習うチャンスがあったので、そちらに行ったというだけだ。通っていた学校の特別講義で、操体というクラスがあったのだ。

 

後に、三浦先生には「なんで最初からオレのところに来なかったんだ(笑)」と言われるが、結果的には、それによって「第一分析」も、いわゆる「連動操体系」のものも習得することができた。

 

私の場合、最初に操体を習ったのは、三浦先生ではなかった。
が、三浦先生の初期の受講生(根本良一先生と同じ頃に習っていた)方から習ったと後で、三浦先生から聞いて知った。

 

 

そして三年みっちり勉強して開業し、三浦先生とご縁ができた。

 

ちなみに、私は三浦先生に師事したいため、それまでのご縁を切った。私が三浦先生に師事したいということに対して、反対する人とである。

 

当時私は講習もやっていて、門下もいた。私が三浦先生に師事すると聞いて、去って言った輩もいる。今は何をやっているかは知らない。

 

 

ここで私が言いたいのは「ヘンなプライドを持たずに、自分がこれだと思ったら、早めに軌道修正したほうがいいよ」ということだ。

 

また、私自身も最初は「楽と快のちがい」がよく分からなかった。

 

しかし。三浦先生のもとで学び、その違いがわかったし、皮膚へのアプローチのコアな部分も学ぶことができた。

 

というわけで、私はやはり「操体やるなら、師匠のいるヨロコビ」を知って欲しいなと思うのである。

 

「参りました。弟子にしてください」

 

こうやって全面的に負けて委ねる。

 

こういう時期があってもいいし、こういう時期があってこそなのだ。