操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

2025年秋季フォーラムでの畠山の発表

こんにちは。畠山裕美です。

ほんのちょっと、秋の空気を感じますね。

 

さて、秋のフォーラム、今回はオンサイト、オンラインでの配信を行います。

「発表者から一言」も書きました。

 

以下、私の分をご紹介いたします。

 

「セカンド・インパクト」って何だよ、って笑ってください。

 

www.tokyo-sotai.com

 

発表者からひとこと 2025年秋季 | 2025年秋季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum

 

操体が「対になった二つの動きを比較対照し、やりやすい方、楽な方に動かして、数秒たわめ、瞬間急速脱力」という、いわゆる第一分析から「ひとつひとつの動きに快適感覚の有無をききわけ味わうことが操法となる」というより本人の感覚に寄り添った方法に移行したのは、橋本敬三先生の「きもちのよさでよくなる」という、三浦先生に語った一言からだった。

 

今まで十数年の間「楽な方に動かして瞬間的に脱力」という操体法を、師匠橋本敬三先生の教え通りに行ってきた三浦先生は「雷が地面から天に昇るくらい驚いた」と言っている。

 

二方向&楽な動き&相対的&からだの中心腰から動く 

一方向&その動きに快適感覚が聞き分けられるか&絶対的&からだの末端から動く

 

私は今までこれを「シフトチェンジ」と呼んでいたが、今後、呼び方を変えないと、と思うようになった。

 

というのは第一分析から第二分析へのシフトチェンジ以上に凄いことが起こったからだ。

それが今回の「解禁・新重心理論」である。

 

私が最初にこの新しい理論を聞いた時は、やはり驚いた。

 

仲間内では、ついて行けなくなった者もいた(つまり、今まで自分が学んだことを手放せなかった)。

 

しかし、実際に試してみると「なるほど」と思うことばかりだった。

 

そこで、今までのシフトチェンジ、つまり第一分析から第二分析に移行した際の、強烈な経験を「操体における、ファースト・インパクト」(何かに似てますがご容赦)

第二分析以降から、新重心理論に移行した際の衝撃を

操体における、セカンド・インパクト」と呼ぼうと思っている。

 

新重心理論の大きな特徴は、より医療の現場で活かせるというところにある。

 

その成果は、やはり現場で発揮されるのではないか。

 

また、操者自身の健康を保つのにも役立つ。

 

私は現在、般若身経よりも、新重心理論に基づいたセルフケアの恩恵にあずかっている。

そのようなことも含め「実際」と「現場」という点から、この新しい理論を紹介したいと思う。

 

畠山裕美

 

10月の予定と諸々。

こんにちは。TEI-ZANの畠山裕美です。

お久しぶりです。

広告を非表示にしました。

 

気持ち的には9月はあっという間に過ぎ去りました。

 

というのは、現在、三浦先生の本の編集作業にかかっており、九月はイラストを作ったり多分Canvaを2年分くらい使ったのではないかと思います。

 

9月はやはり「本を読んでもわからない」という方がベーシック講習にいらっしゃいました。

 

なお、8月9月の気づきですが「操体は自分で治せる」という勘違いがやはり多いなということです。

 

勿論自分でできるし、自分で治せますが、それは「自分でできて治せる範疇の時」です。

 

私がよく言うのが「もし操体で自分で治せたら(どんな症状疾患も)、操体はもっと世界中で広まっているし、私達みたいなプロは医療者はいらないよね」という話です。

 

実際はそんなことはない。

 

そしてもう一つ。

★症状疾患の治癒にかかる時間は、悪くするのにかかった時間か、それ以上、ということです。

★筋トレを1回やってもムキムキにはなりませんよね。

 

これと同じで、操体も(奏功するものもありますが)、1回やったからと言って、即効果が出ることはありません(ただ、出ることもありますが、それはかなり少ない頻度です)。

 

この「少ない頻度の奇跡的な話」を聞いて「操体ってすぐ治るんですか」とおっしゃる方もいるのですが、それはやってみないとわかりません。

 

ここは、操者の腕というよりも、その方の「からだの状態」によるところだと考えています。

 

橋本敬三先生は、患者さんには「簡単ダヨ」とおっしゃり、弟子には「よくもこんな大変なことに足をつっこんだな(でも、面白いけど)」とおっしゃっていました。

 

つまり、患者さんが自分でやって、自分でケアできる範囲と、医療者が、医療者でないと手が出せない範囲は違うということです。

 

我々操体のプロがいるのは、自分でケアできない範囲の方を、自分でケアできる範囲までもっていくことです。

 

 

 

 

 

さて、10月の講習(施術+ベーシック、あるいはミドル、足趾)の講習開催可能日をお知らせします。

 

★少し涼しくなって、冬の前に体調を整えるにはいい季節です。

 

予定(講習開講可能日) | 操体法 TEI-ZAN操体医科学研究所

 

www.teizan.com

 

10月4日(土)
10月5日(日)
10月6日(月)
10月9日(木)
10月10日(金)
10月11日(土)午前開始のみ

10月13日(月)スポーツの日
10月15日(水)
10月16日(木)

10月19日(日)

10月20日(月)
10月22日(水)
10月23日(木)
10月24日(金)

10月26日(日)
10月27日(月)
10月29日(水)
10月30日(木)

 

ちなみに上の写真のカラフルな光は、池上本門寺の「御会式(おえしき)」です。

日蓮さんのご命日の法要で、万灯練供養といって凄い数の万灯が町を練り歩きます。

今年は10月12日です。

写真撮りに行きたいなあ。。

 

honmonji.jp

 

露店もたくさん出ていて(出すぎていて迷いまくる)

今すぐできる操体法。追補改定

今すぐできる「操体法」をご紹介します|畠山裕美(Hiromi Hatakeyama) 操体プラクティショナー、操体エヴァンジェリスト

 

note.com

 

改定を加えました。操体は、体操とは全く反対のスタンスにあるので「体操の反対」という意味があります。なので、指導する場合、参加者はともかくとして、指導する立場にある人は「健康体操とかストレッチとかとは違う」ということを頭に入れておく必要があります。

また、もともと「未病医学」ですから、生活の中の一工夫で様々な身体的トラブルを防げます。

ぎっくり腰になってからあわてるよりも、普段からぎっくり腰にならないようなからだの使い方、動かし方を身につける。それが操体の基本でもあります。

また、それが傍目には簡単にみえすぎてやらないんです。

 

なお、モノを拾う場合、右手で左足を前に出して拾う、というのは操体関係者の中では割とポピュラーですが、左手を使う場合、あるいは左利きの場合はどうするかという

話、必ず出ます。

 

それについても考察と実証をご紹介しています。

 

なお、こちらは有料コンテンツになっていますが、一度購入してくださった場合、アップデートもお知らせ致します。

 

2025年秋季フォーラムのテーマ決定

2025年11月24日(月)開催予定、2025年秋季東京操体フォーラムのテーマが決まりました。

 

「解禁・新重心理論」です。

 

今までのフォーラムや伝統療法カンファレンス、講習などでは何度か紹介されていますが、実際にどのように操体の臨床でその理論を用いるのか、というのは公にはされていませんでした。

 

この理論によって、今までの「操体の常識」は、さらに変化しました。

今回は、実際に整形外科、接骨院などの医療の現場、また、操体専門施設や運動指導の現場など、実際どのように活用しているか、ということを中心にご紹介する予定です。

 

詳細はまた追ってお知らせ致します。

 

www.tokyo-sotai.com

 

操体法 東京操体フォーラム

 

 

 

2025年8月の総括

皆様こんにちわ。

 

TEI-ZAN操体医科学研究所の畠山裕美です。

8月も暑い日が続いていましたね。

 

私は、師匠三浦寛先生の書籍の編集にかかっておりまして、なかなかこちらまで手が回らず、だったのですが、8月のご報告を。

 

6月は「国宝」と「ババンババンバンバンパイア」で終わり(吉沢亮祭)まして、7月は

「出禁のモグラ」(コミックと言えど、生きている人間と死者との間の繋がりや世界、あるいは機能不全家庭の話など、大変深い)がアニメでも始まり、もう一度コミックを読み返すと「これは深いわ」と、腕組みをしておりました。

 

また、コミックでは京極夏彦先生と江口先生の対談などもあったり「アリス編」では、父親に「気に食わないからそこから飛び降りて死ね」と言われ、自死したフユミちゃんの話は「飛び降りる前までは自分の体験」という話(機能不全家庭)があったり、親子人間関係についても深く考えさせられるところがありました。

 

 

そして行ってきました。

わたくし、江口さんは「鬼灯の冷徹」からのファンなので行ってきましたよ。

 

avex.jp

カラー原画も白黒の原画もまあ美しいこと。

もう、堪能しまくってきました。

 

 

そして、待ってました。

 

ジョン・ウィックも好きですが、好きな若手女優を三名挙げろと言われたら、

フローレンス・ピュー
アナ・デ・アルマス

ジェナ・オルテガ

を挙げる私なもんで、見てきました。

ballerina-jwmovie.jp

ジョンも結構でてくるし、お馴染みの皆さんも出てきます。ジョンとはまた違ったアクションがてんこ盛りです。

 

そして後で多分noteなどに書きますが、8月19日~21日まで、東京国際仏教塾系の研修で、小田原の大雄山最乗寺の夏期禅学会に行って来ました。

 

一言で言えば「アタマがクリアになる」ということです。

 

こちら、書院。山主老師様(ご住職)がお客様とお会いになる時などに使うところです。我々は作務でこちらを掃除しました。

 

そして8月31日日曜は「塾操体」。操体法東京研究会のメンバーや、東京操体フォーラム実行委員が集っての勉強会となりました。

 

 

 

 

操体も「願望実現・願望達成」の一つです。

操体の考え方の中に「息食動想」というのがあります。

 

簡単に言えば、この四は自分でコントロールできるのですが、これらの営みには、ルールがあります。

そのルールに違反すると、ボディに歪みが生じます。

操体は、何故ボディが歪むのか、ということを説明できるのです。

説明できれば、どうすれば良くなるかということも分かります。

 

タイトルの「願望実現・願望達成」も操体の一つである、ということですが、大抵「願望達成」というと「経済的な成功」「恋愛」などを考えますよね。

 

ただ、良く考えてみると「健康になりたい」「痛いところをどうにかしたい」というのも、願望実現や願望達成の一つではないでしょうか?

 

『人類悲願への達成』で、橋本敬三先生も『健康で幸せに生きたい』という人類の悲願について書いていらっしゃいますが、まさにこれは「願望」ではないですか。

 

操体を「健康で幸せに生きるための願望達成のメソッド」と考えることもできます。

私はむしろ最近そう感じています。

というのは、操体は「想」が関わっていますし「想」はかなり重要だと考えています。

 

ただ、操体には「がんばるな、いばるな、よくばるな、しばるな」というバルの戒めというものがあります。

ここから来たのかどうか謎なのですが「操体ではお金をもらっちゃいけない」という、

我々のような操体治療で生業を立てている者にとっては驚愕のセリフをおっしゃる方がいらっしゃることがあります(大抵は本業者ではなく、他にちゃんとした職をお持ちで操体臨床をやらなくても生きて行ける方々です)。

 

何と言うか「お金に対して欲張ってはいけない」というような空気が見えるのです。

 

しかし「健康になりたい」という欲も、かなり見えるのです。

 

「お金はダメで健康はいい」というのもおかしな話です。

どちらも「願望」という点では同じなのです。

 

そうやって考えると「健康で幸せに生きたい」というのは「願望実現・願望達成」の最たるものではないかと思うのです。

 

というわけで今回ご紹介するのはこの本です。完結編、とありますが確か全部で五冊くらいになっています。

共通しているのは、第1章で「考え方の基本」をインプットすることができるということ。どの本も第1章は同じです。これを手抜きとみる人は少し考えを改めた方がいいかもしれません。

 

大事なことは、繰り返しが必要です。

筋トレだって1回で筋肉が付くわけじゃないですし、美容も同じです。

 

忘れもしませんが、私が操体の基本セオリーの講義をしているとき、アシスタントで読んでいたヤツが暇そうにしていたので聞いてみたところ

「この話は前にも聞いてるからつまんないんです」という大胆というか(失礼なヤツですね笑)そういう答えが返って来ました。

 

これが「一度聞いたなら、私の代わりに講義できんのか?」とは行かないのです。

1回聞いただけなんですから。

 

★ちなみに私が操体の基礎的なことの講義ができるのは、長年師匠三浦寛先生の講習のお手伝いをしていたからでもあります。

 

 

これら、それぞれの本に「基本となる考え方」の第1章があるので、復習できるし読み返しができるのです。

 

ご紹介する理由ですが、著者Jegさんが書いていらっしゃることって、橋本敬三先生がおっしゃっている「想」にかなり近いところがあるからです。

 

まず「言葉が先で感情は後」ということ。これは「言葉は運命のハンドル」とおっしゃった橋本先生の言葉にも繋がってきます。

 

また「正しい・正しくない」「損か得か」よりも「快か不快か(好きか嫌いか)」が大事だよ、と普段から言っている私ですが、そこに通じることも書いていらっしゃるのと、

 

「願望の実現のためには、まず基本となる考えがあり、テクニックはその後」ということが書いてあります。

 

操体も、よくわからずに「体操みたいな感じ」でやったり受けたりするのと、基本となる考え方や、どうしてこうなるのかというセオリーが分かっていてからテクニック(操法)を行うのとでは、結果が違うのと同じです。

 

この場合、操体のプロがいれば基本となる考え方は『代わりに担当』してくれますが、操体を自分でやる場合は「考え方の土台と基本」を知らずに、操法だけやっても、効果を得にくいということです(考え方の基本と土台を知らないと、全く勘違いしたやり方をやっていたりします。これは本当にあるあるです)。

 

操体が本当の意味で「セルフケア可能」という状況が広まらないのは「考え方の基本と土台」をすっ飛ばして「操法」だけやるから(指導する方も)なんです。多分。

 

というわけで「健康に生きたい」というのも「願望実現・達成」の目標の一つである、と考えると、少し視界が変わってくるかもしれません。

 

 

 

操体は「きもちいい方に動く」のではありません。

今日も、操体実践者や操体の指導者向けに書いています。

 

一般の方は「前知識」などは不要です。

 

橋本敬三先生が、患者さんには「操体は簡単だよ」とおっしゃったのに、弟子には「よくこんな大変なことに足を突っ込んだな」とおっしゃったのは、操体の指導者は「大変なところを患者さんのかわりにカバーする義務」があるからです。

 

この「操体は簡単だよ」(対患者さん)という言葉を信用し、「操体って簡単に習得できるんですよね」と勘違いする手技系の方や、治療家志願の方がいらっしゃいますが、操体の指導者にとって、操体は「簡単」ではありません。

 

 

先日「操体ってきもちいい方に動けばいいんですよね」という質問をいただきました。

 

全部間違いではありませんし、この文言を使っている操体指導者の先生方も多数いらっしゃいます。

 

ただ、この言い方は、操体に対してあやまった認識を与えることになります。

 

正確には、

動いてみてきもちのよさがからだにききわけられたら(動診)、それを味わう(操法)。

 

操体は、いわゆる「慰安行為」ではなく、医師が現場で用いていたものです。

 

慰安行為(リラクゼーション)と、治療(施術あるいは手技療法)の一番の違いは何かと言うと、「診断(あるいは治療計画)・動診」があって、はじめて「治療・施術・操法」が成り立つということです。

 

これを忘れてはなりません。

 

そして、橋本敬三先生は「医師」でした。

 

医師が、診察をしないで、治療をする、なんていうことはあり得ませんよね。

 

 

慰安行為と治療の違いは「診察や診断をするか、治療計画を立てるかどうか」です。

 

「ココが凝っているから揉んでください」と言われて、その通りにするのが、リラクゼーションや慰安行為です(コースが決まっていたりしますよね)。

 

「きもちいい方に動く」という前に

「その方向への動きは、快なのか、不快なのか。それとも楽でなんともないのか」

という動診が必要だからです。

 

★きもちいい方に動く、という言い方は、私も操体以外なら何も言いませんが、操体を指導している方が、この書き方をするのはちょっと考えてほしいと思っています。

 

考えてもわからないという方は、楽と快の違いを勉強してください。

わかっていないのに「きもちいい方に動いて」というのは、無責任です(汗)。

 

「きもちいい方に動く」というのは100パーセント間違いではありませんが、

この言葉は、クライアントや一般の方には誤解を与えることがあります。

 

この誤解が、かなり問題です。

一方「きもちよさには関係ない、つまり『楽か辛いか』の第一分析」を提供している場合でも「きもちいい」という言葉は使いたいのです。

何故なら「きもちいい」というのはインパクトがあり、注意を惹く言葉だからです。

 

そして「操体ってきもちいいんだってさ」と受けに行って、「きもちよさって何だかわかりませんでした」という方が、私のところや、フォーラム実行委員のところにいらっしゃる、というサークルがある程度完成しているわけです(完成してほしくないんですけどね)。            

 

1.動いてみないときもちいいかどうかはわからないのに「きもちいい方に動いて」とか言われるので、クライアントが不安になる(かなり多い実話)。

 

★これについては、私もかなりしつこく言っていますので、少しは浸透してきたのかな、と思います。

 

★また、身体能力が高い人は「動いただけで気持ちいい」とか、我々のように連動や新しい理論をマスターしていれば、それもあるかもしれませんが、操体を受けたいというクライアントは、どこか調子が悪い場合が多く「動いただけできもちいい」ということが当てはまらないことが殆どです。

実際、こういう「能力がたかい」 人に聞いてみると「なんでわかんないの?」という話になります。

つまり、能力が高い故に、人の痛みがわからないのです。

 

ここは「人の痛みがわかんのがプロよ」(By 橋本敬三医師)と心得ましょう。

 

★さらにこれもかなりしつこく言っていますが、ぎっくり腰とか首が回らない方や、帯状疱疹の後遺症で全身が痛いような方や、リウマチの方に「きもちいい方に動いて」というのは、横暴とし言えません。

 

私がぎっくり腰になって「いたたた」というときに「きもちいい方に動いて」と言われたら「はぁ?」とか「オイコラ!」ってなります。

 

2,「動けば必ず気持ちいいにちがいない」という誤解です。

 

私自身も「操体では必ずきもちよさが味わえる」と、信じている人に多数遭遇しました。

 

しかし、操体では「必ずきもちよさが味わえる」ということは、ありません。

 

 

 


この図のように「バランスがとれていて快も不快もない」という場合もあるからです。

 

そういう時「必ず動けばきもちよさがあるに違いない」と思い込んでいる方が起こす行動が「きもちよさを探して色々動く」ということです。

 

私はこういう人をかなりの数で見ています。

聞いてみると「きもちよさが絶対味わえるはず」と思っていらっしゃるのです。

 

そして何故かこの考え方を強固に変えず「やっぱりきもちよさを探してしまいます」とおっしゃいます(見つからないのです。ずっと)。

 

また「きもちいい方に動く」という言葉の主語は何でしょう?

 

私、ではなく「からだ」になるのです。

 

私が気持ちいい、のではなくゆっくり、「からだに」感覚をききわけながら、その動きの中に「きもちのよさがききわけられるのかどうか」を確認します。

 

さらに、第二分析の特徴として「末端関節から動きを表現」します。

何故かと言うと、末端関節(手関節、足関節)に介助や補助があるので、全身形態の連動が促され「快」につながる運動充実感が生まれるからです。

 

たまに、逆連動として、体の中心腰から、というのもやりますが、第一分析は、ほぼ体幹か、その部分(首なら首、肩なら肩)のみ動かすものが多いものです。

 

これが、いわゆる第二分析の「動診」です。

 

そして、きもちよさがききわけられたら(これが、診断です)、そのきもちよさを味わう。これが「操法(治療)」にあたります。

 

つまり、第二分析という「快をききわけ、あじわう」という動診と操法を行うには

「きもちいい方に動く」という表現では足りないし、第一分析では「楽な方、スムースに動く方」なので「きもちいい方」というのは、ある意味言葉の詐欺になります。

 

というのは、動いても「きもちよさ、快適感覚」が起こりえない状態で「きもちいい方に動きましょう」と言っても、受け手は実のところ「きもちいいかどうかわからないけど」やってみる、という状態だそうです。

 

これは、数年前に、大阪で行った三浦先生のセミナーで、先生が関西の操体実践者の方々に「楽か辛いかは分かる人」と聞いたところ、ほぼ全員が挙手しましたが、

「それじゃ、きもちよさが分かる人」と聞いた時、挙手したのは指導者クラスの方二人くらいでした。

 

つまり「きもちよさ」と言っているのですが、わかっていない人の方が多いのです。

 

因みに、奈良の北村先生は、私とニュアンスは多少違いますが「無の操体」ということをおっしゃっていました。

これは「楽でなんともない」ということに通じるのでしょう。

 

というのは、私が上記の表を思いついたのは、北村先生の「無の操体」についてのお話を聞いたからです。

 

実際に、操体の臨床をやっていれば「楽でなんともない」という壁にぶつかるのは全く普通のことです。