●はじめに
筆者が今でも鮮明に覚えている事がある。ある勉強会に参加させていただいて、『操体を専門としています』と言ったところ、参加されていた方々に『本当ですか』と驚かれた事がある。その時、私自身は操体のプロが集まって、勉強会をするのだと思っていたのだが、実際は愛好家の方が集まって、実技の練習をする場所だったのである。この『本当ですか』という言葉の裏に隠された意味がお分かりだろうか?
要は、彼らの認識の中には『操体を生業としている』ということに対して「?」という疑問を抱いたのだろうと思う。彼らの中では、操体法というのは、サークルや勉強会、またはセルフケアの一種として考えられることであって『操体のプロ』というものが存在するのが不思議だったのであろう。表現はあまり適当ではないが、ラジオ体操の同好会に行って『私はラジオ体操のプロです』と言っているのとさほど変わらなかったに違いない。
この時、強く思ったのは、果たして、操体の臨床家が何人存在するのだろう?という疑問だった。
もう一つ、筆者の知り合いの鍼灸師に、操体を専門にやっていると言ったところ『あ、ラクなほうに動かして、瞬間脱力させればいいんでしょう。自分も知っているし、たまにやるけど、あまり効かないね』と、軽くあしらわれてしまった時には驚いた。そのような風に操体は捉えられているのだろうか?
真面目に操体に取り組んできた筆者にとっては、頭をひねると共に、信じられないことであった。
果たして、現在の操体の現状とは?そして、現在どのように広まっているのか、それが知りたくて情報収集を続けてきた。今ここに概略ではあるが、ご報告しようと思う。
●操体と操体法
操体と操体法の違いを考えられたことがあるだろうか。操体、というのは言うなれば一つの大きな大系だと考えている。哲学といっても構わないだろうし、「生命(いのち)」に対する追求でもあると思っている。操体「法」というのは、その中で、橋本敬三医師が創始し、受け継がれてきた「運動系の歪みの病態変化」に対する臨床的意味合いを指すものだと思っている。
●操体の広まり方
操体は、現在日本中に様々な形で広がっている。調べてみると、同好会、愛好会、サークルなどが圧倒的に多い。イメージ的には、太極拳のサークルが各地に広まっているようなものだ。操体を愛する人たちが、自分の健康、家族の健康のために活動している場が見られる。また医師の少ない地方などで、保健婦の方々が地域の健康作りのために活動されているという話も聞く。また、文部科学省管轄下の「スポーツ健康指導士」のライセンス更新のための講習会などにも取り入れられている。文部科学大臣公認の地域スポーツ指導者(スポーツプログラマー)のライセンス更新研修においても、操体(この場合は、根本良一氏の『連動操体法』)が、研修で行われている。更に操体法を治療・施術の一部として、取り入れている団体も数多くあるし、スポーツ・トレーナーの中には、操体とPNFストレッチをほとんど差のないものとして捉えている方もいらっしゃる(これは、筆者がオリンピック選手や日本代表選手向けにストレッチやトレーナーをされている先生に確認したものだ)。また、健康体操の中に組み込んでいるところもある。様々に形を変えて、操体法は広がっているのである。
更に、ニューエイジ系の若者の間で、ヨガやフェルデンクライス・メソッドなどと同様に体験したい、という方も多い。「からだの感覚に委ねる」というところが、その理由の一つだと思われる。
特筆すべきは『自分でできる健康法』としての認知度が高いことである。筆者のところにもよく問い合わせがあり、『一度そちらで施術を受ければ、自分でできますか』とか『操体法は自分でできるそうなので、一度体験してみたい』という方も多い。
これは、どういうことかというと、
『操体は、一度(位)体験すれば、簡単に覚えられて自分でもできる』という認識があるということなのである。
蛇足ながら筆者は一冊操体法に関する書籍を出している(『ふわ、くにゃ、すとん!操体法』モダン出版 1999)。企画を持ちかけられて承諾したものだったが、詠い文句が『痛い、辛いを自分で治す』ということで、セルフケアというのが目的だった。また、本来操体には疾患症状別という認識はないのであるが、書籍の編集の都合上、どうしても「膝」とか「腰」というカテゴリーに分けざるを得なかった。ちなみに、編集者とぎりぎりまで譲歩しあって、カテゴリー分けをするも、掲載している操法はほとんど同じという編集となった。この書籍の出版において「操体は一人で簡単にできるもの」というイメージを広めてしまったことは筆者も責任の一環を背負っているのである。改訂や注釈を加えたいところが何箇所かある。(自著を斬る!参照)
勿論、操体は一人でできる。が、例えば太極拳の本を読んで実技ができるようになるかというと、疑問である。水泳のビデオを見て泳げるようになるわけではない。巷の人がそう思っているわけではないことは分かっているのだが、何故か操体法は特に指導者について学ばなくても簡単に修得できる、という一般的イメージがあるようだ。しかし、それがなかなか難しい。シンプルそうに見えて、実は内容が濃いのである。
操体の受け取られ方をいくつかに大別すると、以下のようになる
・サークル、同好会などの比較的小規模な組織で活動している。これは比較的全国に広まっており、比較的長年継続している組織が多いと思われる
・操体の概念と理論をベースに、様々な各種療法と併用されている。
・スポーツ、スポーツトレーナーなどの間で、PNFストレッチと似たようなものとして、選手のメンテナンス、可動範囲の増大などに、スポーツマッサージなどと共に併用されている
・省庁管轄下の公認資格の資格更新研修などに用いられている(あくまでも研修なので、実際に研修修了者が操体を行っているかは疑問である)。
・対症療法の一環として、手技療法の施術家の間で広まっている。
・独自の手技とミックスさせて、操体という名を冠せずに、別の名称での療法を確立している。
お気づきだと思うが、草の根運動的なサークル活動や同好会はまだ別として(操体法愛好者の方はこちらに参加されている方が多い)、他の手技、スポーツ関連にしても操体は「併用」されていることが多い。操体は本来、症状疾患にとらわれず、自力自療を説いているのに、現実には
症状と疾患に対する対症療法的な用いられ方をしているのである。つまり、操体の理念からはずれたものが「操体」として通っているのだ。(これには尾ひれがつく。操体の理念からはずれた事をしていて、臨床的に有効かどうかは疑問である。実際、臨床的に問題があり、他の他力的療法を組みあわさざるを得ないというケースも見られる)。
『操体法だけじゃ、だめだから』という具合である。
ここでまた、操体専門の筆者はまた頭をひねり、更に抱えるのである。
『何で、足りないのだろう?』
なお、筆者のところ(TEI-ZAN)へは様々な方がいらっしゃる。勿論操体を学んだという方や本やビデオで独習したという方も少なくない。しかし、話をうかがうと、他力的矯正で、被検者の感覚を無視しているとか、力いっぱい動かさせて過大な圧力をかけていたり、楽と快適感覚を混同していて、問診上疑問があるものなどが多かった。これに関してはまた他で説明しようと思っている。
海外での現状だが、書籍では ヘルマン・アイハラ氏(マクロビオティック研究家)の著書の中で操体法が紹介されている(英文・現在、絶版)。橋本敬三医師の英語版『操体法写真解説集』、(現在、絶版。またこの書籍は日本では版権の関係で入手不可能であるSotai: Balance and Health Through Natural Movement )。
海外でも操体は広まっているが、日本で指導を受けたという外国の方は少ないようである。日本人の方で、操体を学ばれて、海外で指導されている先生がたもいらっしゃれることを最初に述べておこう。しかし中には日本人の方で、書籍を読んだだけで、海外で講習会を行っている方がいるということだ。同様に書籍やビデオ、あるいは海外に渡った治療家の断片的なもので「操体法」が語られているのである。
以前、親日家のカナダの方で、前述のヘルマン・アイハラ氏の書籍を読んでいて、知り合いのカナダの鍼灸師に「SOTAI-HO」を受けたことがある、という方がいた。お会いして聞いてみたところ、力いっぱい力んで動いて呼吸を止めて、呼気と共に、一気に勢いをつけて脱力しているとのことだった(実際やっていただいた。驚いた)。どちらかというとエクササイズとして捉えられているようだった。また、スウェーデンをはじめとする北欧では、操体法は、導引や指圧と同じように名前が知られてはいるが、実際の指導者がいないというのが事実のようだ。一方、イギリスでは、指圧、操体、合気道というのが3点セットになっていて、指圧師が勉強しているようである。スペインでも、指圧と操体が割と近いものとして(日本の手技として)学ぶ人がいる。イスラエルでも操体法を教えているアメリカの方がいるらしい。筆者のもとには、インターネットを通じて、海外からの問い合わせをよくいただくが、一番多いのが『英語の操体関連書籍はないのか』『海外でセミナーはないのか』という2点である。
これも、これからの大きな課題である。操体は世界に誇れる日本の宝なのだか、応えるべきであると思う。
筆者の元(TEI-ZAN)には様々な方が、操体を体験したくてやってくる。多くの方から聞くのが『どこで受けられるかわからない』『実際行ってみたら受けられなかった』『本に記載されている、実施施設に連絡したら、実はやっていないと言われた』の3点が最も多い。
尚、後半2点のクレームは、今現在までも、操体法実施施設一覧などを作成した際に、起こった問題だということも確認済みだ。つまり、表向きは操体をやっている、と告知していながら、実際はやっていない(理由としては、時間がかかる、今はやっていない、など)施設が数多く存在するのである。
今後の操体の発展のためにも、この課題は時間をかけてでも解決すべき課題だと思う次第である。