操体の第四分析に「息診息法」というのがあります。
この中には「飛ばし」という「臨床を飛ばす」(つまり、遠隔的)なものもあります。
第三分析、渦状波®を「気功ですか?」という方もいらっしゃいますが、外気功を修めている私から言えば「第三分析も第四分析も、気功とはちょっと違う」と言えます。
それとは別に「触れずに口頭で操体臨床」をやってみたので、ご紹介しましょう。
触れずに口頭で操体臨床と言えば、いくつかの方法があります。
一つは、不特定多数を相手に、口頭のみで指導する方法。わかりやすく言えば、フォーラムやセミナーで、複数を相手に、口頭で、スポーツクラブのインストラクターのように、指導する方法です。
「はい、それでは、足は腰幅、つま先と踵は平行に~」みたいな。
もう一つは、カウンセリングではないですが、対話形式での臨床です。
先日日曜、午前中の視診触診講座の際、フォーラムのメンバ-であるH君が背中と腰をさすっており、立ったり座ったりするときに、痛そうな顔をしていました(って、痛いんですよね)。
昨年一人暮らしを始め、仕事も結構タイトな感じで、ちょっと痩せたかなという感じです。
その前に、私は受講生達に本を紹介しました。
臨床家なら読んどけ!シリーズです。
「椅子がこわい」は、松岡正剛さんの「千夜千冊」にも登場します。
そして、これも「臨床家なら読んどけ!」の「腰痛は怒りである」。サーノ博士の有名な著書です。
この二冊とも、腰痛が「心的要因」で起こっていることを紹介しています。
・・・
私はひらめいたので、私の隣に座っていたT本君に、
「実際の臨床時のように問診してください」と伝えました。
T本君がH君に問診すると、H君は「実家で食べ過ぎたかも」とか「どこそこに痛みがあり」「何とか筋とか何とか骨のあたりが云々」と、今、自分が感じている「外的な症状」を色々述べました。まあ、いっぱいあるもんです。
私は、何に閃いたかというと「心因性」という言葉でした。
また「怒り」というキーワードも浮かんできました。
「外的症状」を一旦全部吐き出して貰った後、私は「ここから、操体の臨床、つまり、からだに触れずに、言葉を用いた臨床を始めます」と、受講生達に伝えました。
その後、私がやったのは、
「H君の隠れた怒り」を、質問と会話のやり取りによって、解放したことです。
ちなみに「怒り」は、人に向かってキレるとか、対外的に暴力を振るうとか、他者に迷惑をかけるのはよくありませんが、「怒り」を「ないもの」として封印するのはもっと良くないのです。別に外に向かって「キレなければ」いいのであって、怒りという感情に光りを当てることなんです。
どうやったか、というのは、質問して、傾聴しただけです(もうちょっと他の手も使いましたが)。
終わってから、H君の背中の痛みは消えて、表情も明るくなっていました。
「嫌われてもいい」
「相手がやるよりも自分がやったほうが早いから、つい自分がやってしまう」←
これ、私も昔やりすぎて壊れそうになったので、よくわかります。
しかし「自分がやった方が早いよね」と、後輩に回さないと、後輩が育たないことがわかったので、自分よりもスピードが遅くとも、後輩に回すことを覚えました。
今更感もありますが「嫌われる勇気」は、参考になります。
そして、悩みとは無縁(敢えて言えば、ご主人様がハグして離してくれないのが悩みと言えば悩み)のりんちゃん。