操体の考え方の中に「息食動想」というのがあります。
簡単に言えば、この四は自分でコントロールできるのですが、これらの営みには、ルールがあります。
そのルールに違反すると、ボディに歪みが生じます。
操体は、何故ボディが歪むのか、ということを説明できるのです。
説明できれば、どうすれば良くなるかということも分かります。
タイトルの「願望実現・願望達成」も操体の一つである、ということですが、大抵「願望達成」というと「経済的な成功」「恋愛」などを考えますよね。
ただ、良く考えてみると「健康になりたい」「痛いところをどうにかしたい」というのも、願望実現や願望達成の一つではないでしょうか?
『人類悲願への達成』で、橋本敬三先生も『健康で幸せに生きたい』という人類の悲願について書いていらっしゃいますが、まさにこれは「願望」ではないですか。
操体を「健康で幸せに生きるための願望達成のメソッド」と考えることもできます。
私はむしろ最近そう感じています。
というのは、操体は「想」が関わっていますし「想」はかなり重要だと考えています。
ただ、操体には「がんばるな、いばるな、よくばるな、しばるな」というバルの戒めというものがあります。
ここから来たのかどうか謎なのですが「操体ではお金をもらっちゃいけない」という、
我々のような操体治療で生業を立てている者にとっては驚愕のセリフをおっしゃる方がいらっしゃることがあります(大抵は本業者ではなく、他にちゃんとした職をお持ちで操体臨床をやらなくても生きて行ける方々です)。
何と言うか「お金に対して欲張ってはいけない」というような空気が見えるのです。
しかし「健康になりたい」という欲も、かなり見えるのです。
「お金はダメで健康はいい」というのもおかしな話です。
どちらも「願望」という点では同じなのです。
そうやって考えると「健康で幸せに生きたい」というのは「願望実現・願望達成」の最たるものではないかと思うのです。
というわけで今回ご紹介するのはこの本です。完結編、とありますが確か全部で五冊くらいになっています。
共通しているのは、第1章で「考え方の基本」をインプットすることができるということ。どの本も第1章は同じです。これを手抜きとみる人は少し考えを改めた方がいいかもしれません。
大事なことは、繰り返しが必要です。
筋トレだって1回で筋肉が付くわけじゃないですし、美容も同じです。
忘れもしませんが、私が操体の基本セオリーの講義をしているとき、アシスタントで読んでいたヤツが暇そうにしていたので聞いてみたところ
「この話は前にも聞いてるからつまんないんです」という大胆というか(失礼なヤツですね笑)そういう答えが返って来ました。
これが「一度聞いたなら、私の代わりに講義できんのか?」とは行かないのです。
1回聞いただけなんですから。
★ちなみに私が操体の基礎的なことの講義ができるのは、長年師匠三浦寛先生の講習のお手伝いをしていたからでもあります。
これら、それぞれの本に「基本となる考え方」の第1章があるので、復習できるし読み返しができるのです。
ご紹介する理由ですが、著者Jegさんが書いていらっしゃることって、橋本敬三先生がおっしゃっている「想」にかなり近いところがあるからです。
まず「言葉が先で感情は後」ということ。これは「言葉は運命のハンドル」とおっしゃった橋本先生の言葉にも繋がってきます。
また「正しい・正しくない」「損か得か」よりも「快か不快か(好きか嫌いか)」が大事だよ、と普段から言っている私ですが、そこに通じることも書いていらっしゃるのと、
「願望の実現のためには、まず基本となる考えがあり、テクニックはその後」ということが書いてあります。
操体も、よくわからずに「体操みたいな感じ」でやったり受けたりするのと、基本となる考え方や、どうしてこうなるのかというセオリーが分かっていてからテクニック(操法)を行うのとでは、結果が違うのと同じです。
この場合、操体のプロがいれば基本となる考え方は『代わりに担当』してくれますが、操体を自分でやる場合は「考え方の土台と基本」を知らずに、操法だけやっても、効果を得にくいということです(考え方の基本と土台を知らないと、全く勘違いしたやり方をやっていたりします。これは本当にあるあるです)。
操体が本当の意味で「セルフケア可能」という状況が広まらないのは「考え方の基本と土台」をすっ飛ばして「操法」だけやるから(指導する方も)なんです。多分。
というわけで「健康に生きたい」というのも「願望実現・達成」の目標の一つである、と考えると、少し視界が変わってくるかもしれません。