突然ですが、
「楽と快の違いが分からない」というヒトに
「それでは、愛を交わしている時に、相手が
『ああっ、すごく楽!』って言ったらヘンだと思います?」
と聞くと「それは変です」とおっしゃいます。
まあ、そうですよね。
ベッドの中でお相手が「楽~」なんて言ったらね。
それがわかるなら(笑)、楽(な動き)と
快(適感覚)の違いは、ちょっとしたコツで理解することが
できます。
楽というのは「相対値」であり、運動分析にあたり、
快(きもちよさ)は「絶対値」で、感覚分析にあたります。
先日「操体の施術+ベーシック講習」に、
続けてプロ(開業してクライアントを診ていらっしゃる)の
先生方がいらっしゃいました。
色々な疑問を出して下さったので
それにお答えする形になりましが、
やはり「楽と快の違いがわからない」
「患者様に聞いてもわからないと言われてしまう」
といういつものお悩みです。
「楽(な動き)と快(適感覚)」の違いを知ることは
操体を理解する上で一番大事なことです。
ある、ベテランの操体の先生がいらっしゃいます。
実は大昔の三浦先生の受講生だったりしますが、
この方は「楽な方にきもちよく動く」とおっしゃいます。
が、私はこの言い方には、真っ向から反対します。
操体関係者の中には「いろんな先生がいるから」という
意見もおありでしょうが、
クライアントのことを考えると
「楽な方にきもちよく」という指導は迷惑で不適当です。
臨床したことあるのか?
きもちいいって言ってるけど、
本当に理解してんのか?と思います。
つまり、実際にクライアントに問いかければ
楽な方向が「かならずしも快を伴わない」
または「楽な方向は快を伴うことはあまりない」
ということは体験することなのです。
その先生は「操体は楽な方から辛い方に動かして
瞬間急速脱力する」という時に操体を学んだ方です。
そして、三浦寛先生が「操体は楽じゃなくて快だ」と
言った時、他の多くの操体実践者の方と同様、
「そんなことあるわけないじゃん」と、無視した方です。
★橋本敬三先生が「楽と快は違う」と
おっしゃってるんですけどね
ところが、
1990年代、「脳内革命」が流行り
「快」とか「きもちいい」という言葉が普通になってくると、
それまで「快」を無視していた操体関係者が
さも昔からそうであるような振りをして
「操体って快だ」と言い出しました。
しか~し、
「楽な動きをして瞬間急速脱力」の第一分析と
「一つ一つの動きに快適感覚をききわける」第二分析は、
そもそも動診も操法も違うのに、
この方達は「言葉だけ」「きもちよく」とか「快」に
しちゃったんです。
なので「操体ってきもちいいっていうけど、わかんない~」
という状態が起こるのです。
★また、橋本敬三先生の著書は、
「楽か辛いか」の第一分析時代のことを書いています。
なさっていた操法の中には、体幹の前屈や後屈のように
(からだの設計にミスはない、に写真が載っています)
「比較的きもちよさが体感できる操法」もありましたが、
これらは「どちらがきもちいいか」という問いかけはしていません。
「この動き、どうですか」という問いかけをしていたのです。
★ところが最近のヒトは「操体は楽だ」とは思っておらず
「操体は快だ」と思っています。
そういうアタマで、農文協さんから出ている
「操体法の実際」(写真が載っているから皆買うらしい)
この本を読んでわかったと言うヒトにあたった試しがありません。
何故なら
読者は「きもちいい操体」を知りたくて本を買うのに
本に書いてあるのは「楽を問いかける操体」だからです。
橋本敬三先生の著書は、全て「操体が快」にシフトチェンジする
前のものなのです。
そもそも、読者が求めるもの(快)と、
書籍に書いてあること(楽か辛いか、どっちが動かしやすいか)
が違うので、
わからないのは当然なのです。
また、橋本敬三監修とありますが、監修というのは
単なる「名前貸し」であったと思って下さい。
何度も言っていますが
「どちらがきもちいいですか」
「どちらがここちいいですか」
「(どちらかわからなかったら)きもちよさを探して(動いて)」
と、言っている方々は、
楽と快の違い、つまり第一分析と第二分析の違いが分かっていません。
そして、それを曖昧にしたままやっている方々もいるわけです。
ベテランの先生方の中にもいらっしゃいます。
さて、どうしてそれが成り立つのかというと、
彼らは、割合的にそんなにシリアスなクライアントは診ていないから。
体操教室などが多いので、
「動ける、ある程度健康な人」に指導しているからなのです。
それだったら「楽な方にきもちよく動いて~」と
言っても、参加者はあまり気にしないかもしれません。
もしくは「操体以外の治療法もやっている」からです。
まあ、他の治療法を併用するのは個人の自由ですが、
操体を受けたいというクライアントには応じることはできませんよね。
さて
例えば、私達臨床家のところって、
「ぎっくりして這ってきた」とか
「痛くて泣きそうになっている」
とか、そういう方が来ることがあります。
そう言うときに
「はい、それじゃきもちよく動いて~」とか
言ったら、クライアントに
「こっちは痛いんじゃ、バカヤロー」
と、言われても仕方ありません。
こういう場合は、
視診触診息診などから
最適な診断分析法を選択し、
「その診断分析法に、きもちよさがあるか?ないか?からだにききわけて」と
問いかけます。
歪みや痛みがある場合、
その反面で、快を聞き分ける可能性も高いのですが
「あ、あります」とクライアントが答え
「そのきもちよさ、味わってみたい要求を満たしてますか?
からだにききわけて」と、追加質問し」
「はい、あじわってみたいです」という回答があった時、
すなわち「この診断分析法はきもちいい」と、
クライアントのからだが認めてから、はじめて
「きもちよさを味わって」と持っていくのです。
(私達は「きもちよく動いて」という言い方は殆どしません)
というような話を、実技を交えて説明します。
皆さん、実際に「第一分析の動診操法」と
「第二分析の動診操法」を体験していただくことによって
操体の真意「楽と快の違い」を納得なさいます。