操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

こればかりは。

モノゴトを伝授するというのは、なかなかこちらの思い通りには行かないことがあります。

 

学校のようにシラバスがあるわけではありません。

 

また、できれば皆一緒に進めたいところですが、途中で誰かが休んだりすると、少し待たなくてはいけない。

 

そして、私は「これは、偶然ではなく、そういうことになっているのだ」と、自分に言い聞かせながらも「もうちょっと足並みが揃わないかな」と思ったりします。

 

こちらが「みんな伝えたい」と思っても、なかなかそうはいかない。

 

また、あることを伝えたら、しばらくは「塩漬け」(三浦先生曰く)にしておかないといけないのです。

 

「塩漬けもそろそろ馴染んできた頃だから『鍵』を渡せるかな」と思っても、渡せないこともあります。

 

また、そもそも世の中の人は「鍵」があるなんて夢にも思ってないかもしれません。

 

あ、鍵って何?と思う人がいるかもしれませんね。

例えて言うならば、仏像に魂を入れることを「開眼供養」とか言いますが、なんとなくそんな感じです。

 

易によるオンライン・メール鑑定

操体を学ぶ人は必読なのですが、

 「無双原理・易」と言う本があります。「からだの設計にミスはない」にも出てきますね。

 

私が易を習い始めたのは、橋本先生の本に出て来たこともあります。

 

易は、操体の次くらい?に面白いです。

 

操体において、8という数字は大きな意味を持っています。

オクタントとは八分割の空間のことですし、オクターブは8つの音階、オクトパスはタコです。オクなんたら、というのは8を指すのです。

 

そして易は「当たるも八卦、当たらぬも八卦」ではありませんが、乾兌離震巽坎艮坤(けんだりしんそんかんごんこん、と読みます)つまり、天沢火雷風水山地の8つの事象(小成八卦と言います)を二つ重ねた「大成卦」、8×8=64種類になります。

大成卦は、六つの爻から成り立っており、それぞれに意味があるので、易の卦の種類は64×6=384通りとなります。

 

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「太極」とか「陰陽」という話も、橋本敬三先生の本には出てきますね。

 

なお、易の元になっているのは「易経」ですが、英語では"The Book of Changes” あるいは I Ching(イーチン)と言いますが、その名のとおり「変化」が記されています。

 

操体法は、独学では学べません。同じように、易も独学では学べません(中には例外の人もいますが、それは除外します)。

私の易の先生も、友人の易者も、私もですが、独学で壁にぶち当たって、専門学校へ行きました。

易の本は、卦の内容や易経については詳しいのですが、実際に「どのように卦を評価するか」という「編集作業」は、書いていないのです。

 

操体法もそれと同じで、やり方や写真が載った本があるけれど「実際にどのように運用するか」は書かれていないので、それは習うしかないのです。

逆に、その辺りの「基礎」が分かっていれば、本を読めばすぐわかります。

 

無双原理・易

無双原理・易

  • 作者:桜沢 如一
  • 発売日: 2004/06/24
  • メディア: 単行本
 

 

占いには、誕生日からその人のスペックやトリセツ的なものをみる「命理占(命占)」、その時の波動や状況をみる、タロットや易、形や状態(家相、手相など)をみる「相占」があります。もっと言えば「医」(鍼灸治療など)、山(気功、食養)も、「占」の中に含まれます。

命卜相医山

 

 と、話が長くなりましたが、今回、易によるオンラインとメール鑑定を承ることにしました。

(施術後に、でも勿論構いませんので、ご希望の方はお知らせ下さい)

 

内容は大抵のことは大丈夫ですが、人の生死に関わることや、人の不幸を占うものはお受けできませんので、よろしくお願い致します。

 

詳細は下記リンクからどうぞ。

 

易によるオンライン・メール鑑定

新メニューです。「飛ばし」

Zoom飲み会、最初は面白かったけど、続けると「もういいや・・」と、なりますね。

 

それはさておき、施術+ベーシック講習の第四日曜午前開催に引き続き、新しいメニューを作りました。

 

左脳とばし遠隔操法

www.teizan.com

こちら、第四分析の手法の一つです。

臨床飛ばし(触れない臨床) - 操体法大辞典

 

にも詳細を書いていますので、ご覧下さい。

 

最近は、実行委員の間でも実験を行っており「変化」や「無意識の動き」などの結果を得ています。

 

何に効くのか?と言われると、多少困るのですが、渦状波(かじょうは)には似ていると思います。

 

渦状波®は、刺激にならない皮膚への接触のことです。

詳細はこちらをお読み下さい。20年前は操体関係者も「皮膚だぁ?」と懐疑的でしたが、今は操体関係者の間でも割とポピュラーです(きちんと習った人はあまりおらず、また、三浦先生から「鍵」を授からずにやっている人はいます)。

 

皮膚へのアプローチは、無意識に関与しますが、「飛ばし」も無意識に関与するようです。

 

 

 

コロナ禍下で何ができるか?と考えた時、あ、我々が10年前以上からやっている「触れない臨床(操体法)」、あれをいまこそ出してもいいんじゃない?という話です。

 

もともと「臨床を飛ばす」という話が出た時、中には「それが理解できない」人もいたりしましたが、私自身は20数年前に外気功の先生にスカウトされ、外気功を学んだ身です(外気功とは、医療気功の通称です)。

その際に、遠隔の外気功も修めていたので、私は師匠が「触れない臨床」と言い出しても焦ったりはしませんでした。そういう素地があったので、とてもラッキーでした(といっても、私は気功と操体は、混ぜては使いません。

また、アプローチ法が全く違います。

 

混ぜて使う事のデメリットを知っているからです。つまり、メリットよりもデメリットの方が大きいということです)。

 

ご興味のある方は是非どうぞ。

 

 

 

 

 

ベーシック講習日曜開催致します

20年近く「日曜にやってくれるとありがたい」と言われ続けてきた「操体の施術+ベーシック講習」、今後いつまでか未定ですが、

操体の施術+ベーシック講習

を、2020年7月から、第四日曜の午前中にも開催することに致しました。

場所は三軒茶屋になります。

www.teizan.com

こちらは、20年近くやっており、当方の一番人気のプログラムです。


参加する方のご希望(何を知りたいのか、何を持って帰りたいのか)をしっかりリサーチして行っていますので、内容は「みんな同じ」ではありません。

 

コロナ禍で、健康に対する意識が変わったと思います。

一番大事なのは「数多ある情報の中から、何を選ぶか」ということです。

その時に必要なのが「原始感覚」、快か不快かききわける力であり、好きか嫌いかを選択する力です。これからは、この感覚が必要とされてくるでしょう。

 

その「原始感覚」を甦らせ、磨くのが、操体法です。

 

痛みを取るとか肩凝り解消とかもアリですが、原始感覚を蘇らせ、磨くことが、アフターコロナを生きる大きな鍵となるのではと思っています。

「鍵」。

これは武術系の人に聞いた話だが、

武術を習っていると、途中で「もういいや」「自分でできる」と、修業をやめてしまい、自己流で練習をする輩が出てくるらしい(昔からいたんですね)。

 

そうすると、どうなるか。

師匠から、最後の「鍵」のようなものを受けとっていないので、自己流でやると、だんだんカラダが壊れるのだそうだ。

 

また、中には「テクニックだけ盗んで後はトンズラ」みたいな輩もいたと思うが、教える方はちゃんとわかる。そういう輩には「鍵」は渡さないのだ。

 

そして「鍵」を伝授されていないと「先生の元でやっている時は効果が出るが、先生の元を離れるとどうも効果が出ないとか(講習の場でやると出来るけれど、家に帰るとさっぱりとか)、そんなことが起こる。

 

古武術とか伝統療法などは、こうやって伝わってきたのだと思う(伝承も大事だ)。

 

ここで思い出すのが、またまた密教僧慈童さんの話だが、聖天様という仏様がいらっしゃる。普段は厨子に入っていらっしゃるが、この厨子を開けられるのは聖天供を授かった(師匠から授かる)った者しか開けられない。

(開けるとどうなるか、というのは「密教僧 秋月慈童の秘儀」をお読み下さいね)

 

他にも特定の仏様を供養する場合には「授からないといけない」のだ。

 

私は操体法にも「鍵」があると思っている。

 

幸いにも私は「鍵」を授かっているし、仲間でも「あ、この人は授かっているな」というのはわかる。

授かった以上は、それを大事にして、後の人に渡すのも、弟子の役目だと思う。

 

なお、私自身は「外気功」を伝授しているが、今までで「鍵」を渡したのは数人しかいない。渡そうと思っていても渡せなかったりする。

しかし、何度も書いているが「渡そうと思って渡せなくなった」というのは「渡さなくても良い」というお示しだと思っている。

 

「鍵」「授かる」というのは、単純だが優れたシステムだ。時間はかかるが、大事なことや秘伝を伝える場合、やはり「伝えてはいけない人物」に伝えてはいけないから。

 

 ※見よう見まねで、密教系の印を組んだり真言を唱えるのはやめましょう。ちゃんと師匠について、授かって下さい。

 

 

昔から、三浦先生が受講生に言っているのが、「未熟な者同士で練習してはいけない」ということだ。

昔は結構「自主練していいですか」という人がいたので、三浦先生はよく「やめておけ」と諭していた。

 

わかっている指導者がいればいいのだが、ビギナー同士で、うろ覚えで勉強すると、間違って覚えて後で困ることがある。

 

自主練というと、一生懸命な感じがするが、間違えて覚えたら、少し厄介だ。

また、根性論とも違う

 

私の昔の受講生に、寿司職人がいた。

当時、寿司職人は中卒で修業に入るのが普通だったが、彼は高校を出てから修業に入った。自分より年下(先に入った方が先輩なのである)の先輩がシャリを握るのを羨ましく思いながらも、最初は皿洗いしかやらせてもらえない。

 

しかし、彼はどうしても握りの練習をしたかった。

 

先輩が握っているのをこっそり見て、夜中に握りの練習をした。

いざ握りデビューの際、得意げにシャリを握ったら兄弟子にメチャクチャ怒られたらしい(昔なのでフルボッコにされたとか……)。

 

手を左右逆に覚えていたのだ。

(カウンターで職人が並んで握る場合、手が揃っていないとぶつかったりするし、見栄えも良くない)

 

「一度身についたクセが抜けなくて苦労しました」と、その人は言っていた。

 

確かに早く覚えたいという熱意はわかるのだが、間違って覚えては元も子もない。

 

例えば操体でも、自己流で変なクセがついていると、そのクセを修正するのに時間がかかるのだ。

 

なお、独学修得したり、自主練で上達するものもあるが、操体はそうではないと思っている。

 

操体法セルフケアの第一歩。

操体法を自分でやる場合、最初は「きもちいい」とか「快」とかは考えなくて大丈夫です。

 

何事もそうですが、最初は「型」です。

目的は「型」を体得することなので「きもちのよさ」とか「快」はおいといて下さい。

これ重要です。

 

そしてその前に、自分のからだのパーツを改めてチェックしましょう。

 

母趾球に意識をおけますか?

左手手首の小指側(尺骨側)にある、ぽこっと出た丸い骨がありますね。

これは「茎状突起(けいじょうとっき)」と言いますが、この骨に意識がおけますか?

 

この他にも、いくつか「意識をおいてみよう」的なところがあります。

 

そしてもうひとつ。

みなさん、動かす速度が早すぎるのです。

 

操体法のセルフケアには、基本的に「瞬間脱力」は不要だと思って下さい。

こう言うと「万病を治せる妙療法」の愛読者は驚くかもしれませんが、瞬間脱力しなくていいです。

 

イメージで言えば、太極拳の二倍の遅さくらいです。または、水平に前方に上げた手を肩のほうに向かって90度動かした時、10秒くらいのスピードです。

かなりゆっくりではないかと思います。

 

この辺りに慣れてからだと、スムースです。

 

 

 

セルフケアの操法もリニューアルします。

常に操体の先導者であるのが、我らが師匠、三浦寛先生です。

常にアップデートしているのです。

 

1999年10月10日、全国操体バランス運動研究会の東京大会が、早稲田の井深記念講堂で開催されました。

 

その際の実行委員長が私のお師匠、三浦寛先生だったわけです。

 

その日に出たのがこの本です。

 あれから約20年経ちましたが、操体も変わりました。

 

当時は「皮膚だぁ??」と言っていたコンサバな操体関係者も「皮膚の操体」とか言うようになってきたし(20年の歳月はすごいですね)。

 

2004年に「操体法入門」で全身形態の連動が発表されたとき、反応したのはむしろスポーツ業界の方で、操体関係者はあまり見向きもしなかったのです。

それは「連動は患者によってみんな違う」と思っていたから。

しかし「ボディに歪みがなく自然体であれば、連動にはルールがあり、患者の連動が異なるのは、ボディに歪みがあるからである」というセオリーが伝わるにつれ、コンサバな操体関係者も「連動」という言葉を使ったりするようになりました。

 

また「目線」の話を最初にしたのも三浦先生ですが、最近では「イサキ」などでも、普通に「目線」の話が出てくるので「世の中変わったわ」と思う次第です。

 

そして、我々は、多分今後歴史の教科書に載るであろう年を生きています。

2020年は世界的にコロナウイルスによって起こる新型肺炎によって、様々な局面で打撃と変化を受けました。

 

実は、操体も「第五分析」が登場してから(未だ公にはなっていませんが、我々はすでに臨床や個人レッスンなどで指導しています)、変わりました。

 

楽が快に変わった時も「これがパラダイムシフト」だと思ったものですが、それ以上の変化です。

 

最初に第五分析のセオリーを聞いたとき(実は第四もすごいんですが)、聞いていたメンバーは「えっ」と、と耳を疑いました。

 

まあ、驚いた時の後は「わかりました」と師匠についていく人と、「ダメです。もうついていけません」という人に分かれます。

 

第四分析についていけなくて去って行った人はいましたが、第五分析を聞いても、驚く人はいても、去る人はいませんでした。そうです。第四分析がの後ですから。

 

 

というわけで、今までの本に載っていたセルフケアの操法も、書き直しが必要だよね、ということで、今現在チェック中です。

 

よりシンプルに、より的を絞ったものをご紹介予定です。