「楽は何度やっても快にはならない」
「楽な方は必ずしもきもちよさとは一致しない」
「きもちよく動けっていっても、動いてみないとそれが快かどうかはわからないだろう」
「きもちよさをききわけ、味わうには、末端からの連動が基本※」
これは、私が三浦先生から教わったことです。
操体で最初に「快」「きもちのよさ」に特化し、深く追求した名著、「操体法治療室」(1987年柏樹社刊)からおよそ40年。
その間に操体も進化しました。
なにが進化したかというと、楽と快の違いがさらに明確になったことです。※
皮膚へのアプローチなどの方法も生まれました。
今回は、三浦寛先生の意思により、40年経った現在は使われていない言葉や、楽と快の違いを明確にするという目的、また、巻末に掲載されていた130余りの操法を洗い直し、セレクトしました。
また、三浦先生の言葉の誘導を再現しました。
この過程は、第二分析になります。
「きもちのよさ」を聞き分け、味わうというプロセスが明らかになります。
「きもちよく動く」というのは「その動きが【快】であると確定してから」ということがよくわかると思います。
最初から「きもちよく動いて」ではないのです。
多くの人は「きもちよく動いて」と言えば、クライアントが動いてくれると勘違いしています。
しかし、単に「きもちよく動いて」と言われても、クライアントは途方に暮れるだけです。
また、きもちよくもないのに「きもちいいですか?」と聞かれるのは苦痛です。
ある動きを試し、その動きが快なのか、そうではないのか、それをききわけて、
きもちのよさが確認できたら、はじめて「きもちよく動いて」となるのです。
操体で「快」をききわけ、あじわうには丁寧な「順番」の理解が必要です。
2026年11月14日AmazonKDPから発売予定です。
