操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

拡大と集中。「見る・観る・診る」。

ハッピー体質をつくる3分間瞑想―心と体がオーラに輝く月の意識のヨガ瞑想

ハッピー体質をつくる3分間瞑想―心と体がオーラに輝く月の意識のヨガ瞑想

一月半ばから操体法東京研究会の集中講座の一環として、『視診触診集中講座』をやっている。メイン講師は私で、アドバイザーとして師匠、三浦寛先生も参加、通常の定例講習と全く違うのは、師匠の『臨床』を観ることができるということだ。これは私がメイン講師の「集中講座」のみなのだ。
一流の実技を目の当たりにリアルに見ることができるのは動画や本の何千倍もの価値がある。

本来ならば、操体を勉強するにあたって視診触診は「できて当たり前」だったのだが、最近はどうもそうではない。視診触診で「診立て」を立てる前に患者あるいはクライアントが『肩が痛い』とか『腰が痛い』と言えば、そこに手をかけてしまう。視診触診ができれば、「診立て」を立てることができ、サイレンではなく火元に水をかけ、火を消すことができるのである。


ところで、動診(診断・分析)を行う時、足趾の操法を行う時、どちらも操者の目線がぶれるとクライアントの動きが変わってしまう。特に操者が目をキョロキョロさせていると、中心軸がぶれるので受け手の感覚が変わってくるのだ。

かといって、クライアントを凝視してもダメだ。凝視するとかえって見えなくなる。この本には「ぼんやりとした集中」というように書かれているが、拡散しているけれど、集中しているという見方が必要である。

先日、塾操体と新年会の際、柳生心眼流の島津兼治先生が奥様といらっしゃった。その時に心眼流の触診を教えていただき、皆で練習していた時、離れたところにいた受講生に対して島津先生は『手に隙間が空いてる!』と指摘された。『隙間が空いてるのはすぐわかる。違ったことをやっているとすぐわかる』と言われた。これは私もなるほど、と思った。
(心眼流と操体の触診の仕方は相当違うので、最初は私もとまどった。

例えば、操体法東京研究会の定例講習で指導中、第四指と第五指で介助をかけるべきなのに、第三指も使っている受講生がいる。これは師匠の模範実技を「見る」という訓練ができていないからなのだが、そういう場合、部屋の中に20人いても違ったことをやっていると『見える』のである。
介助補助に関して言えば、指が触れる位置が一ミリ違っても受け手の受ける感じは変わる。
最初のタッチが肝心なのだ。

ちなみに、youtubeに「第2分析フルセッション」をアップしました。操体の第2分析、どうぞご覧下さい。