操体を受けるのであれば、まず、その操体指導者が「誰に習ったのか」と、書いてあるかどうか確認してください。
よくあるのが「接骨院でセンパイに習った」(大抵は足関節の背屈)というケースです。これは第一分析か「迷走分析」(第一分析と第二分析を混同している)です。
そして、もう一つ。
橋本敬三先生に習った、というのは結構マユツバが多いのです。
中には電話で話しただけで習ったとか、ある方などは「橋本敬三に操体を習う」とプロフに書いていましたが、三浦先生に会った時「温古堂に見学に三回温行っただけです」と、ゲロ、いや言っていました。
ある方はどう考えても逆算すると、当時赤ん坊だったと思うのですが「操体の手ほどきを受けた」なんて言ってます。赤子じゃなくても幼児なのでは。まあ「受けた」という自慢はしてもいいかもしれません。
橋本敬三先生が祖神の里に帰られたからと言って、結構いろんな事を言ってる人もいるのです。
まあ、創始者の内弟子で現在指導をしているという人は一人しかいません。
弟子はいますが、お給料を貰っていた従業員だったり、押しかけて三ヶ月くらい温古堂に出入りしていた「自称弟子」、厳密な意味での「内弟子」ではありません。
これは何故習った人の名前を書けないか。
理由があるのです。
「破門された」「出奔した」「途中でバックれた」云々ということで、操体を習った人の名前が書けないのですよ。
きちんと師弟関係が続いているのであれば「三浦寛先生に師事」と書けるわけです。
また、以前「本を読んだだけで操体の講習をしている」というすごい人もいましたが、こういう人も誰に習ったか書けません。
ところで、
久々ではありますが、この本を出したのって、11年前なんですね。
この本が出てから、操体も変わりました。変わったというのは、1999年に皮膚へのアプローチが公になり(全国操体バランス運動研究会)、「脳と神経系」が皮膚と重要な関係を持ち、皮膚というキーワードを三浦先生が出した際、多くの操体関係者は
「はあ?」という感じでした。
私は「そのうち、操体関係者は『操体ってやっぱり皮膚よね』と言い出す、と予言しましたが、その通りになりました。
また、最近は「目線」という話も操体関係者の間ではポピュラーになってきたようです。やっとだな。
「目線」「皮膚」が、やっと操体のメインストリームになりつつあるのです。