操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

仙台へ@一日目 後半の巻

るーぷる仙台で、瑞鳳殿の隣は
仙台市博物館」です。

 

丁度、特別展で「宇和島伊達家の名宝」をやっており、

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さらには常設展の特別展示で
「片倉家特集 景綱没後400年」というのをやっていました。

 

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★猫に「小十郎景綱」という名前をつけている私です。

 

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★小十郎景綱ジョン・ランボーです

 

長くなりましたが、

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仙台市博物館に着きました。

ここで、

 

グレゴリー君、

 

ダース・ベイダーのヘルメットは、
ルーカスが伊達政宗公の兜にインスパイアされた
ということを知って

 

大興奮。

 

そして、何と、普段仙台博物館では
政宗公の甲冑のレプリカが展示されているのですが、

宇和島伊達の特別展ということもあり

 

なんと、たまに展示される

オリジナルの甲冑をみることができました。

そして、松島瑞巌寺から借りている
伊達政宗座像も観ることが!

 

なんてラッキーなのでしょう。

 

そして、さすが国際都市仙台。

 

博物館の中に、外国人のスタッフがいます。

グレゴリー君は
その方(カリフォルニア出身だそうで)に
しばしつかまり、操体橋本敬三先生について
説明したそうです??

 

そして、なんと兜を被ることができるコーナー発見。

 

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ラスト・サムライと呼んで下さい。

 

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★殿方は全員兜を被りました。いい大人が兜を被って喜んでいるので、学芸員
お姉さんが「写真撮りましょうか?」と、撮ってくれました。
月に何度か甲冑を上下着ることができるイベントもあるそうです。

 

そして、博物館をゆっくり観ていたので結構遅くなりました。

三浦先生もホテルで待っているだろうということで、

一行は再度るーぷる仙台にのってホテルへ。

 

 

 

 

 

仙台へ@一日目 前半の巻

11月1日の朝、早起きして朝食を取り、
7時45分の新幹線で東京に向かいました。

 

といっても、大宮で降りなければなりません。
うっかり寝て、東京に着いてしまっても困るので
グレゴリー君と私は話しをすることにしました。

 

何とか寝ずに大宮に到着、ここで東北新幹線
乗換です。

 

駅のホームで「殿」(受講生)と落ちあい、
もう一人落ち合うはずの新さん(フォーラム実行委員@タスクチーム)は
見つかりませんでしたが(後で新幹線に乗ったという
メール発見)、仙台へ向かう新幹線に乗りました。

f:id:lovecats:20151101095807j:plain大宮駅に入ってくる新幹線。撮り鉄な私(iPhoneなので少し暗い)

 

大宮から仙台までは一時間ちょっと。

ここでも話をしていたらあっという間に仙台に着きました。

 

ホームで新さんとも落ち合い、
今度は盛岡から高速バスでやってくる、
フォーラム副実行委員長にてタスクチームリーダーの
瀧澤さんと待ち合わせです。

 

揃ったところで、ホテルに荷物を預け、いざ国分町へ。

 

国分町というのは、東北一の繁華街というか
歓楽街です。


温古堂の近くでもあります。

 

そこの「旨味太助」へ。
私は仙台で牛タン定食ならここに行きます。

太助というのは他にもあるのですが、
(お家の事情で色々あるらしい。どこもあるんですね)
ここは仙台の牛たん定食の元祖です。

 

牛たんの塩焼きに、浅漬け、なんばんの味噌漬け、
麦飯にテールスープという定食スタイルはここが発祥だそうです。

 

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★これは二人前。

 

牛タンを堪能してから、三浦先生はぶらぶらするとのことで、
私達は仙台観光に向かうことに。

まず、最初はお約束?ではないですが、
国分町からすぐ、けやき並木で有名な定禅寺通にある
「温古堂」の跡地(現在の温古堂は隣のビルの中に
あります)へ。ここは丁度今先生がいらしたころの場所の
跡地です。

 

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看板をバックにて。

 

 

ホテルで仙台観光の友「るーぷる」一日乗車券を購入してあったので、

www.sentabi.jp

国分町近くの「メディアテーク前」からるーぷるに乗りました。

 

そして向かった先は
仙台駅を越えて「瑞鳳殿」。

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伊達政宗公霊屋 瑞鳳殿ホームページへようこそ

 

私のパワースポットの一つですし、

写真を撮る私にとっては、何度も撮っている
撮影スポットでもあります。

 

このブログのトップの「天女様」は、瑞鳳殿の天女様
なのです。

 

うちの屋号のTEI-ZANというのは、
伊達政宗公の道号あるいは謚(おくりな)である
貞山公から頂いているので、来仙時は行ける限り
ご挨拶に行きます。


道号:〘仏〙 出家者が法名のほかに,
自己の悟りの内容や願いを表現してつける名前。
のち,本来の意義が薄れ,単なる別名・通称となった。
大辞林

 

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グレ君によると「まさに自分がイメージしていた日本」とのことでした。

そして一行の観光はつづくのであった。

 

 

 

 

 

操体の全国大会@新潟 その2

そういえば、ポルトガルでの操体セミナーについて、
私もいくつか質問があったのですが、

 

ポルトガルのセミナーの後だけ
時間が差し迫っているということで、
質疑応答の時間をカットされました。

 

その次のプログラムでは、
時間が押しているにも関わらず、
質疑応答の時間があったんですが。

 

私は以前も
ある操体のセミナーでも、
講師の先生のおっしゃることに
操体理論的矛盾があったので
質問しようと思ったのですが、
司会者に見事に無視されたことがあります。

 

まあ、鬼のようにメモをとっていたので
司会の方は「こやつを指すのはまずい」
というのもあったかもしれません。

 

また、同行したグレゴリー・ローゼン君ですが
今回当然アメリカ人というか白人男性の参加は彼一人。



普段はこのような場に行くと、
大抵は話しかけられるそうなのですが、 
今回の新潟大会では

「誰にも話しかけられなかったこんなの初めて」
とのことでした。

 

多分、三浦先生と私の間に座っていたからかも(笑)


 

さて、
その他のプログラムですが、
良寛さんの健康法」という講義でした。
これは櫻井浩治先生という医師で歌人の方がお話して
下さったのですが、良寛さんが実は
結構な持病持ちだったとか(インキンとか捻挫とか16種くらい)
キレイ好きだったとか、
なかなか面白い話を聞きました。

 

私は昼休みに外に行っていたので
聞いていないのですが、
温古堂にて修業した人達の話があったそうです。

 

配布された資料を見ましたが、

そこには昭和51年以降(1976年)のことが
書かれていました。

 

三浦先生が橋本先生のところに弟子入りしたのは
1966年か67年(昭和41年か2年)あたりの話です。

 

その時代の話は書いてありませんでした。

 

その資料を書いた方は、

別の機会でも、三浦先生が温古堂にいた時期や
期間を間違えていたので、
記憶違いなのかもしれません。

 

 

そして、先のブログにも書きましたが
若手の発表がありました。

操体の今後についてです。

現在の全国大会の参加者の高齢化は、
操体をやっていて元気で長生きということにも
繋がりますが、
若い人が増えていません。


これについて若手の発表者が
「経済性」ということについて話していました。



前回「若手50代」という話を聞いて驚いたと書きましたが
50代というのは、まだ子どもが学校に行っていて、
「ボランティアする余裕がない」とのこと。

 

そもそも操体を「ボランティア」で捉えているのです。

 

若手の発表者(35歳で五歳の子どもがいる
柔道整復師)は、
「子どもの教育や家庭のためにはやはり『経済性』が
必要」と言っていましたが、当然です。

 

30代なんていうのは、結婚して子どもが
産まれて、多忙でありなおかつお金がかかる
時期なのです。

 

 

そういう時に、幾ら柔道整復師だからと
ボランティアで操体をやって欲しいというのは
無理難題です。

 

となると、引退して子育ても一段落して
経済的にもいくらか余裕のある60代とか70代が
ボランティアやサークル活動でやる、
ということになります。

 

何度も書きますが、

操体のプロは対価を頂くことができるということ、
それに値するだけの価値があるということ、

それには、プロとしての教育が必要であることを
言いたいのです。

 

例えば、1回ワンコインの講習を月イチで受けるのと

月4回の専門的な講習を、プロフェッショナルの
先達から指導を受ける。

 

勿論、余裕ある60代70代が、
健康維持増進のためにワンコインで
学ぶのはいいことだと思いますが、

 

「間に合っていない人を
間に合っている状態までサポートし、
自力自療が叶うようにするという勉強をする。

 

どちらが良い悪いというわけではなく、
どちらもあっていいはずなのです。

 

 

私は健康体操・養生法としての操体を否定していません。
何故なら、セルフケアには必要だから



そして、健康の度合いが低い方々が
自力自療が叶うようになるまでサポートする
操体のプロ・専門家」つまり操体の臨床家の
存在も必要であると言っているのです。

 

アマチュアと年配で余裕のあるボランティアにのみ頼り、
操体の臨床家が育たなければ、
操体は風化します。

 

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 夜は新潟のお寿司を堪能。

操体の全国大会@新潟 その1

10月31日(土)11月1日(日)の2日間、
新潟で「第32回全国操体バランス運動研究会」が
開催されました。

 

今回は、来春早々NYに帰国する
東京操体フォーラム実行委員の、グレゴリー・ローゼン君に
一度全国大会を体験させて、その後仙台へお墓参りに行くぞ
という弾丸ツアーでした。

というわけで、
10月31日(土)、東京駅で集合した
三浦先生、グレさん、畠山の三人は、
上越新幹線「とき」に乗って新潟へ向かったのでした。

 

さて、全国操体バランス運動研究会というのは
橋本敬三先生ご存命時は「臨床的」なことをやっていたのですが、
最近は「生活に活かす操体」になっているようです。

 

参加している方の多くは、
臨床家とか治療家というよりは、地域で操体をやっている
方々がメインです。

 

今回気になったのは、やはり若い人が圧倒的に少ないこと、
「50代が若手」という言葉を聞いて「へ??」と思ったことなどです。

 

以下、私の感想

(実際にアンケートの感想として送信したものを公開致します)

 

第32回全国操体バランス運動研究会アンケート

研究会一日目のみの参加。

今回は、日本で操体を5年間学び、来年アメリカに帰国するメンバー(グレゴリー・ローゼン)を連れて参加しました。
ローゼンと私は三浦寛先生の著書を英訳しておりましたが、推敲に推敲を重ね、出版に向けて精進しております。なお、ローゼンは米国での操体の広まり方についても研究しております。


★今回様々な地域で指導されている般若身経を見て、
「いろんなやり方がある」というのは当然ではありますが、
橋本敬三先生が書かれていることから結構外れている、というか、健康な人が健康維持増進のためにやっても、これは体に負担をかけるのではないか(特に年配者がやると心配)というものをいくつか見かけました。

それも踏まえてですが、
「ご当地般若身経」というのを、様々なエリアから募集し、
ポイントを押さえているか(例えばつま先とかかとは平行であるとか、
膝をゆるめるとか、重心が移動するとか)というのを、客観的にチェックするとういうのはどうでしょう。

★現在の全国大会では「客観的なチェック」「操体の向上のための議論」が抜けているように思えます。

★新潟の土地柄なのでしょうか。般若身経指導時に「頑張って」「我慢して」という言葉を多数聞きました。
「頑張るな、威張るな、欲張るな、縛るな」という「バルの戒め」が伝わっていないのでしょうか。これは、グレゴリーもとても気になると言っていました。


★研究発表で、北田先生からポルトガルでの操体のセミナーについての発表がありました。日本と海外の違いを伝えていただきました(特にスペイン、ポルトガル辺りでは、テクニックに対して非常に貪欲です。セミナーに参加するメンバーは、ほぼ指圧師で、一般の人が健康に活かそうという感じではありません)。

 

一つ、非常に気になったのは
「これからの操体普及に対して」というスライドです。
目標「操体の専門家」の育成

1.施術者、臨床家にあらず
2.操体の基本理念を伝える人
などがありましたが、

1の「施術者、臨床家にあらず」という意味がよくわかりません。

 

私の理解している「操体の臨床家」(つまり、操体のプロ)とは
違うのでしょうか。
この表現であると、実際に白衣を着て患者様の治療に
あたっており、それで生計を立てていた
橋本敬三先生を否定することになるのではないでしょうか。

 

なお、この場合の「臨床家」というのが、操体の理念などを知らずに
単にテクニックに走っている輩、というのであれば理解できますが、
そうでなければ、操体で生業を立てている
我々操体のプロに対しても失礼です。

 

操体のプロは「自分のケアでは間に合わない」人のために、
自力自療が叶うまで、健康の度合いを上げるための
手伝いをしますし、健康体操としての操体の指導もできますし
からだについてもしっかり勉強しています。

 

今の操体の現状をみると、私は「楊明時式太極拳」を思い出します。

 

現在、楊明時式は幅広く広がっており、サークル的な広まりは、操体法のサークル活動などによく似ています。

楊明時氏は、日本で太極拳を広めるためには「健康太極拳」として広めることを決意し、年配者にも簡単にできるようにアレンジしました。

 

しかし楊明時氏自身は、武術としての太極拳と、健康体操としての太極拳はしっかり区別なさっていたそうです。

 

そして、プロフェッショナルは、武術としての太極拳と、健康体操としての太極拳のどちらも指導できるということです。

 

先の北田先生のスライドの「1.施術者、臨床家にあらず」だと、
本来は医師が臨床の場で、間に合っていない人を間に合うように、
自力自療が叶うまでサポートする立場であった操体
否定しているように感じます。

 

この件に関しては2000年仙台の全国大会の基調講演で、
大学の先生が「操体でお金を貰っちゃいけない」という
発言をして現場にいた臨床家がブーイングしたことを
思い出します。

大学の先生は、出張するにも大学から旅費交通費などは出ますし、
大学から給料を貰っているので、別に操体の臨床でお金を
いただかなくてもいいわけです。


また、2002年か3年の長野大会でも、参加していたサークルの女性が
操体でお金もらっちゃいけないのよね」と言っていましたし、
昨年の6月、三浦先生が大阪で講義をした際、神戸のWさんが
操体って安いものだと思っていました」とおっしゃっていました。

Wさんは、接骨院をなさっていて、他の治療法もやっておられるので、操体以外からも収益があるかと思います。


操体に対する対価」を否定(お金を貰うなとか操体は安いとか、
東京の操体の講習は高いという方々)は、操体以外に
収入の道がある方ばかりだと察しております。

 

この件に関して
・ 臨床を否定することは、橋本敬三先生を否定することにはならないのか
・ 臨床家の定義(北田先生の定義と畠山の定義)は違うのか


操体のプロの役目は操体の理念を理解し「間に合っていない(自力自療が叶わない)人を間に合うレベルにまでサポートし、間に合うようになったらセルフケアを指導すること、と認識している


★ 間に合っている人へのセルフケアと、間に合っていない、
自力自療が叶わない人へのサポートの区別がついていないように
思えるがどうなのか

とういことは、ご説明いただきたいと思います。


当方、一般社団法人日本操体指導者協会では、
操体のプロの地位向上を目指していますので、
よろしくお願い致します。


同席していた、当方のグレゴリー・ローゼンは、
Oさんの発表が一番納得できたと言っておりましたが、
私も同感です。

 

若い後継者の育成が今の最重要課題でありますが、
ここ10数年の全国大会参加者を見ると、超高齢化が進んでいます。
「50代が若手」という話にも驚きました。

実際、今現在のように、サークルや愛好会のボランティアと
いうやり方では、若い人には操体が魅力的に映りません。


悪く言えば「年寄りのサークル活動」です。または専業主婦や、
定職を持っている人が、片手間にボランティアで健康体操を
指導している、というように見えます。

 

★これが悪いとは、決して言いませんが、
後継者の育成にはかなり魅力不足です。

 

ある程度「操体を学べば、経済的に効果(収入が得られる)」
というアピールが重要ですし、操体の可能性
(実際に素晴らしい可能性があります)を知り、
自分もこういうことができるようなる、
というモチベーションも必要です。

そして、若い人向けには
「間に合っている人向けの健康体操・養生法」としての操体と、
元々医師が臨床でやっており、
「間に合っていない(自力自療が不可能)方々」の健康の度合いを、
自力自療で叶うところまで引き上げるお手伝いをする、操体のプロとしての両方の面を見せる必要があります。

 

これから何かを得たいという若い人にとっては、
後者のほうが魅力的に写るのは当然です。

 

と、長々と書きましたが、
今の全国大会の状況では、若い人が「操体を仕事にしよう」とか
「ライフワークにしよう」という気持ちにさせるのは難しいかと思います。

 

東京操体フォーラムおよび一般社団法人日本操体指導者協会では、
若手操体指導者育成(臨床のみならず、息食動想の全てや、
マナー、師弟関係、操体の文化的バックグラウンドについての理解、
文化、芸術との交流、文章の書き方)を行っています。

皆若いですが、人前でプレゼンする練習や、
口頭のみの指導ができるなど、相当の勉強を積んでいます。

 

彼らが若い人に操体を魅力的に伝える
エヴァンジェリスト(伝道者)」になって
くれるといいなと思います。

 

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★「施術者、臨床家にあらず」というのは納得出来ません。
これは「臨床のみで、操体の理論などを全く知らない人」という意味
でしょうか。それでしたら、それを書いていただかないと、
実際に操体の臨床を行っていた、橋本敬三先生を否定することに
なりますし、現在操体専門で開業している先生方を否定することになります。

 

★また、操体は自力自療だから「臨床家はいらない」という人も居ますが、
自力自療が叶わないほど健康の度合いが落ちている方に対して、
自力自療できるまでサポートするのは、操体のプロの役目です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一撃改善。伝統を受け継ぐプロフェッショナル。

2015年冬季東京操体フォーラムプログラム
発表者プロフィール

筋整流法創始者の小口昭宣先生との出会いは、
話がちょっと遡ります。

古式腱引きの伝承者であり、
プロの写真家でもあり(富士山を撮影なさるのです)
日々、日本のみならず海外にも、
日本の伝統療法を広めるべく、御多忙に過ごしていらっしゃいます。

「一撃改善」というキャッチフレーズが
これほど似合う治療家は他にはいらっしゃいません。

 

一撃改善 腱引(けん・び)き療法で痛みが消えた! 肩こり・ギックリ腰編

一撃改善 腱引(けん・び)き療法で痛みが消えた! 肩こり・ギックリ腰編

 

 

実践!  腱引き療法 動ける体を瞬時に取り戻す伝統手技療法

実践! 腱引き療法 動ける体を瞬時に取り戻す伝統手技療法

 

 ★モデルは平直行氏です

 

そして、デジイチビギナーのワタシにとっては
プロの写真家(ワタシ同様Canonを使っていらっしゃる)
すごい!!!のです。

2015年9月、南会津で開催された
「伝統療法カンファレンス」では、
師匠三浦寛はじめ、ワタシもうちの若い衆も
大変お世話になりました。


筋整流法の伝承者の皆さん(小口先生含む)
我々の足趾の操法®を受けて下さったり、
私達も腱引きを受けに行ったり
いい勉強をさせていただきました。

 

会津では、
サンショウウオの燻製?を頂いたり
本当にお世話になりました。

 

ありがとうございます。

 

さて、


現在、サムライメソッドやわらぎで
ご活躍中の平直行氏は、
昨年まで一般社団法人日本操体指導者協会の理事であり、
(サムライメソッドやわらぎの立ち上げにあたり退任)
東京操体フォーラムの相談役でした。

というのは、平さん、もともと現役時代に
ワタシのクライアントだったのです。

 

その後、格闘技を引退し、
何かからだのことを学びたいということで
ワタシが自分の操体の師匠、三浦寛先生を紹介しました。

そして「月刊秘伝」という雑誌があるのですが、
よくそちらに登場する河野智聖さんという方、
操体法東京研究会で、三浦先生に操体を習われており、
ある時「月刊秘伝」で河野さんと三浦先生の対談が企画
されたわけです。

 

そこで三浦先生が平さんに「同席すれば?」
と声をかけました。

 

その後平さんは「月刊秘伝」とご縁を持ち、
表紙を飾り、連載を持つなど大活躍。

 

そして柳生心眼流島津兼治先生とのご縁が。

 

その平さんのご縁で、我々東京操体フォーラム
島津先生とのご縁もでき、
何度か東京操体フォーラムで講演、
2010年、京都の大徳寺で開催した京都での
フォーラムにもご参加いただきました。

 

そして島津先生は、筋整流法の最高顧問をなさっており、
我々も伝統療法カンファレンスに参加したりして

腱引き、筋整流法の皆さんとご縁ができたわけです。

 

そして、小口先生には、2015年の春季フォーラムに
お越しいただき、今回の冬季フォーラムに
ご登壇いただくことになりました。

 

実は柳生心眼流というのは仙台伊達家のお家流です。
伊達マニアのワタシはそれだけでもウレシイのですが、

古式腱引きのルーツも、柳生心眼流にあり、
柳生心眼流には、操体の基本運動(般若身経)に
にているものもあったりして、
島津先生も、

「心眼流と操体は、全く性格が違う兄弟みたいなもの」
というお言葉もいただきました。

 

そして、操体特有の「膝窩(しつか)ひかがみ」の
触診法と、腱引きの「腱あるいは筋を動かす」という
手法はルーツが似ているような気もします。 

 

さてさて、

そんなご縁でいつの間にか、
芸風は違えど「臨床のプロフェッショナル」として、
小口先生はじめ、うちの若い衆も
筋整流法の伝承者の皆さんと交流の機会を持たせていただいて
おります。


前にも書きましたが、
関西地方などでは、操体を健康体操とか
養生法として捉えている方々が多く、
操体臨床のプロが殆どいません。

 

そのため、操体のプロの地位が
あまり高くありませんし、

費用と時間をかけて操体を学ぼうという
姿勢に欠けています。
全てとはいいませんが
殆どが「愛好サークル」です。

 

残念なことに、このような方々とは
「真面目にプロとしての話」というのが
殆どできません。

私達も歩み寄りを試みているのですが、
食い違いというか、やはり臨床現場と
健康体操の間の大きな溝を感じています。

 

そもそも、操体を医師が用いていた臨床であり
医者に見放されたような患者様が
すがりついたものであると
認識しているのと、


ラジオ体操なみに
「誰でも簡単に安価にできる」
という捉え方は、同じ操体を軸としていても
全く違いますし、
残念ながら、根本的に話が合いません。

これは、陳式太極拳
楊明時式太極拳
(日本で太極拳を広めるために、楊明時氏が
「健康太極拳」として、仕方なく広めたことにも
似ているかもしれません)


楊明時氏も、本当の太極拳
健康太極拳は区別していたそうです。


橋本敬三先生は、その辺は
結構お年を召されていたので
あまり関与されていませんでした。

 

★自分は組織の長にはならないよ、
という言葉が、
操体は組織をつくっちゃいかん」というように
何故か歪曲して受けとられ、
しかし操体の小さい組織は沢山あり、
統一がとれていないというのが現状です。

 

なので、操体の場合、

「健康太極拳」をの愛好家が
(カルチャースクールとかサークル)
ホンモノの太極拳を真面目に道場
師匠に拝師している武術家を見て
ちょっと上から目線になり、
「真面目にむずかしいことするなんてねぇ」
「拝師するなんてねぇ」
「お金を積んで習うなんてねぇ」

と言っているのと同じようなものなんです。
アマチュアがプロよりも上から目線なのですが、

この人達は、臨床をやっているわけではないので

例えば伝統療法カンファレンス恒例の
「コラボトリートメント」(何名かの治療家が
その場でクライアントに施術する)のようなことは
まずしません。

 

そして、

楽と快の違いなどを説明しても
拒否されたり、
難しいと言われることが多いのです。

 

こればかりは、
実際に操体の臨床を行っているのと
ある程度元気な人の健康体操をやっている場合の
落差なんですね。

 

あ、長くなってすいません(汗)

 

しかし!

 

こう言うときに、
療法のプロフェッショナルである
筋整流法の伝承者の皆さんとは
非常に話が合うのです。

 

芸風は違えど、
日々様々な症状疾患を抱えたクライアントに対峙し、
腕を磨いていらっしゃるその様子は

臨床家として、

ああ、素晴らしいなと思うのです。

 

12月6日(日)は、診断分析法のご紹介がメインです。

小口先生の講義は
「肩の診断法と治療法」です。

 

どうぞお楽しみに。

 

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2015年春季フォーラムにて。前列左から三番目が小口先生、中央が三浦先生、
その隣が駒居先生です。

 

 

易筮家にして中国武術家。東京操体フォーラムに再登場

12月5日(土)6日(日)は、
2015年冬季東京操体フォーラムを開催致します。
初日分科会は午後から夜まで(ルーテル市ヶ谷)
2日目本会(何だか編集学校っぽい?)は、
三茶の昭和女子大学です。

さて、今回も講義をして下さる
新部健太郎先生は、とっても不思議なご縁で知り合いました。

 

私が「ISIS編集学校」というのに参加したのは
2001年か2000年頃。
(編集学校って何?っていう方は、リンクをご覧下さい)

それから時が経ち、
2013年、師匠(三浦寛先生)が小学生から
高校時代を過ごした町、博多で
松岡正剛先生が「読書の官能」というトークイベントを
開催しまして、
丁度博多に行きたかった師匠と、
松岡さんのイベントを見たかった私は
博多に向かったわけです。

 

そのイベント会場は、
昔ストリップ劇場だったところを改造したバーでした。

 

ちなみに、私が一瞬立ち話をしているうちに
師匠が松岡さんと楽屋でタバコを吸いながら
歓談していてびっくりしました。。。

 

イベントがはじまり、筑前琵琶とピアノのフリーの
セッションが始まり、
ストリップ劇場に必ずある?
螺旋階段から、するする、うねうねと
降りてきたのが新部さんでした。

 

その後、ISIS編集学校の同門であることがわかり、
その年の10月、師匠が同窓会で博多に戻った時、
私は博多の友人と遊ぶため(笑)に、やはり博多に
飛びました。


私も丁度易を勉強しており、
中国武術太極拳)もやっていたので

「次のフォーラムのゲスト講師は新部さんしかいない」と
2014年の秋に、講義をお願いしました。


易筮の時は和装。

月イチで中洲のバーで易筮なさっているそうです。

武術の先生の時はそれなりに。

舞踏の際は見事な女形っぷり
絵もかけば詩も書いちゃう

そして、彼は「ライフパスナンバー8」
(実はO先生も師匠も私も8。あ、駒居先生も8)の
人間を癒すパワーがあるのか??と
思ったりもします。

8の人だけではありません。
何だか「癒しのパワー」を持っているのです。

 

 

そして、もう一つ「へー」と思ったのは
駒居先生と新部先生は、お誕生日が同じ日なんです。

(実はお二人は会ったことがないのです)

この辺りも「へえええええ〜っ」という感じです。

 

フォーラムの翌日、
二日酔いっぽいみんなで、
明治神宮に行ったのは懐かしい思い出です。
それから午後は豪徳寺の本楼にお邪魔したりして

 

私は易筮ではまだまだ新部先生の後輩ですが、
身近に易を学んでいる方がいらっしゃるのは
なかなか心強いものです。

 

新部先生の易の世界、私もその全貌は
わかりません。

だって、ふところが深すぎるんだもん(笑)

皆様もどうぞお楽しみに。

 

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明治神宮の森にて。

 

★次回は、筋整流法の小口昭宣先生をご紹介します。