操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

「嫌われる勇気」(アドラー心理学)

なるほど、何故○○氏が、いい大人になっても人からほめてもらいたがるのか。
何故、△△君は大学受験の前になると体調不良で試験を受けられないのか。

タイトルを見て、最初「人生、自分の好きなことして、嫌われるならそれでいいじゃん」系の本だと勘違いするかもしれないが、サブタイトルは「自己啓発の源流『アドラーの教え』」とある。世界三大心理学者と言われる、アドラーの心理学だ。

フロイトユングアドラーの三人が、世界三大心理学者)

アドラーの思想を「青年と哲人の対話」という、物語形式でまとめたものだ。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

嫌われる勇気

嫌われる勇気

 

 偶然ではあるが、私はこの本で、丁度前の日の「操体法東京研究会定例講習」で、師匠が黒板に書いて引用した「ニーバーの祈り」の一文を見つけた。

何だかすごい偶然だ。

カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」にも引用されている。

神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ

 

目次を書き出してみると、

過去に支配されない生き方

あなたの不幸はあなた自身が「選んだ」もの

人は常に「変わらない」という決心をしている

あなたの人生は「いま、ここ」で決まる

なぜ自分のことが嫌いなのか
全ての悩みは「対人関係の悩み」である

劣等感は、主観的な思い込み

言い訳としての劣等コンプレックス

自慢する人は劣等感を感じている

承認欲求を否定する
「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない

対人関係の悩みを一気に解消する法

叱ってはいけない。ほめてもいけない

「勇気づけ」というアプローチ

過度な自意識が、自分にブレーキをかける

自己肯定ではなく、自己受容

 以上は抜粋だが、なかなか興味深い項目が並んでいる。

私は直感的に、これは操体の哲学ににているな、と思った。

「ここにいて、いいんだ」という言葉である。
また「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」という諺が引用されている。
これは「やるやらないはテメエの勝手」つまり自己責任を指している。

なお、私の知り合いは叱ってはいけない。ほめてもいけない」という目次に対して

橋本敬三先生は『子供はほめて育てよ』と書いてある」と、クレームをつけてきた。

アドラー心理学の立場では「ほめるという行為には『能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれているのだという。

例えば夕飯の準備を子供が手伝ったら「お手伝い、えらいね」と褒める母はいるだろうが、夫が同じ事をしたら「お手伝い、えらいね」とはほめない。これは、対人関係を縦軸で捉えているから起こるのだそうだ。

さて、そうするとどうやってこの問題を回避したらいいのだろう。

それは「勇気づける」ことだ。
これは縦の関係ではなく、横の関係だ。

橋本先生の言葉は、確かに「年の功」というのもあったかもしれないが、「縦関係」ではなく「全面的な勇気づけ」という感じがする。

例えば「たいしたもんだ」とか。

また、援助(介入にならないもの)と介入(対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低くみているからこそ、介入してしまう)の区別も大切だと説いている。

「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」で考えると、課題に立ち向かうのは本人であり、決心するのも本人なのだ。

そして、割と多いのだが「ほめられたがる人」。

人はほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成してゆくのだそうだ。これは「ほめられたがる人」にとってはショッキングなことだろう。

 

文中に登場する「青年」は、アドラー心理学に対して「劇薬だ」と言う。

確かに劇薬である。

味わって見る価値はある。

 

ISIS夜学 心と論理の誕生を編集する夜学 安田登氏

2014年9月2日、3時。

私は東京操体フォーラム実行委員の「香」嬢と用賀の駅に立っていた。
ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展を観るためである。

二人でモネの「ラ・ジャポネーズ」を堪能したのであった。

その後、田園都市線で三茶まで戻り、師匠と落ちあい、三人で世田谷線に乗った。
山下(小田急豪徳寺とクロスする)で降りてしばらくすると、やはり待ち合わせしていた実行委員の「新」さんが現れた。

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豪徳寺駅の前にはやはり「招き猫」。

 

小腹が減ったので以前、A松女史や祇園の若旦那と行った蕎麦屋に行こうと思ったら、
定休日だったので、その先の中華料理屋に入った。なかなか美味しかった。

その後商店街の途中の和菓子屋で菓子を買う。

そしてGISIS到着。

席が空いていたので私と師匠は一番前に陣取る。九州の中野組長とも再会。

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師匠、松岡校長を見つけ、サンクロン(熊笹エキス)を手渡すの図。

 

安田登さんのステージは、「連塾」などで何度は拝見していた。


「月刊秘伝」とかにたまに登場しているので、
(月刊秘伝の最高顧問、島津兼治先生とは親交があるし、師匠も「月刊秘伝」で対談したことがあるし、月刊秘伝 で、東京操体フォーラムの取材をしていただいたこともある)また、ロルファーであるので

何となく業界が近い人?みたいな感じなのである。

また、知人が宝生流の弟弟子だったりして。

 

私は年初、安田さんの本を読んでいたのだった。これは面白かった。バンドマンやっていたとかね。

あわいの力 「心の時代」の次を生きる (シリーズ 22世紀を生きる)

あわいの力 「心の時代」の次を生きる (シリーズ 22世紀を生きる)

 

 

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前半は、甲骨文字を読むという話。

易の話も出て来たので、易を学んでいる者としては、この辺りもやはり押さえておくか!と考える。

 

昔は左脳と右脳が分離していたとか、
古代人には心(時間の概念)がなかったとか、非常に興味深い話が続いた

前半は安田さんのお話で、後半松岡校長が登場。

二人とも声がいいので惚れ惚れ(そこかい!)。

 

あと「能で寝るのは正解」というのにも驚き(笑)

100番観るとわかるらしいので、今度こそ??

そして、帰宅後、再度「あわいの力」を読んで復習する。

話を聞いたばかりなので、アタマにすいすい入ってくるぞ。

刺激的な夜でした。

 

 

 

 

正座と操体。正座ができない場合は?

武術というのは、修業の途中でやめて、師匠の元を離れて
自己流でやっていると、からだを壊すようにできている。

という話を平直行さんから聞いた。

操体もそうだ。
私はよく受講生に「足趾の操法をやる場合、ちゃんと教えるから、
習わないうちはやるな」という。

見よう見まねでやって、肩とか肘を壊すのがいるからだ。

また「壊さないようなコツ」というのは、
「めんこい奴」に教える。これは私だけではないと思う。

 

えこひいきじゃん!という輩は、我らがシマジ先生の
「えこひいきされる技術」を読むといい???

えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

 

 

大抵、途中でほっぽり投げてどこかに逃げるとかヘタレる輩はわかる。

そういうのには教えない。というか、最初に書いたように

「自己流でやっていると、からだを壊す」ようになっているのだ。

 

昨年操体の指導にスペインのバレンシアに行った時のこと。

参加した受講生の多くは指圧学校の生徒さんだった。
その中の一人の若い男性から質問を受けた。

正座が苦手なんです。何かいい参考資料とかありませんか?

 

指圧はベッドで行うこともあるが、レッスンは基本的に正座で行う。

スペイン在住が長い方に聞いてみると、
スペインの方はわりとホルモン異常で急激に太ったりするので、
正座ができなくなることがあったりするのだそうだ。

 

ちなみに操体もベッドを使うが、私は結構フロア派である。

また、定例講習では必ず正座位での練習があるし、足趾の操法に限っては
正座は必須なのである。

 

また、私達は正座する場合、踵の間にお尻がすっぽり入るように座る。
(手はそけい部に、掌を上に向けて置く)

足を重ねて正座する場合、脊柱や骨盤、下半身に歪みがあることが多い、と
橋本先生も書いていらっしゃる。(万病を治せる妙療法、の口絵参照)

 

さてさて、定例講習にも「正座ができない」という人が結構いらっしゃる。

ところが、大抵は半年も講習に参加していると、正座が可能になってくるのだ。

これは、講習に参加、歪みが正される、ということ、膝にトラブルがあった場合、
それも良くなってくるということも考えられる。

 

昨日足趾の操法に参加しているAさんを何気にみると(50代前半)
きれいな正座をしているではないか。昨年末は正座ができなかったのだ。
歪みが正されたのだ。

 

また、これは上級秘伝なので書かないが(笑)長時間正座をしても大丈夫な方法というのもある。

よく「長時間やっててよく疲れませんね」と言われるのだが、
そういう秘法があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

テニスと操体。

今日は橋本敬三先生のお誕生日です(1897年:明治30年)。

 

さて、錦織選手、すごいですね。

テニスとかは普段全く観ない私ですが、今回は驚きました。
何かって、あのラケット遣いです。
ラケットが生きてるようではないですか!!!

また、何だか顔つきも前とは違って、精悍な感じになったじゃないですか。

 

さてさて、私はテニスはやりません。

というか球技が余り好きではなく、どちらかというと、格闘技とか体操とかスケートとか、モノを使わないものがすきなもので。と言っても、テニスの選手とかスポーツ選手はよく診ます。

テニスはやはり「テニスエルボー」が多いです。

簡単に言うと親指側(橈骨側)の筋肉に異常が起こるんですが、
原因は「使いすぎ」と言われます。治療法は安静とかステロイド注射とかテーピングが一般的ですが、
調べてみると「身体運動の法則」に、背反し、拇指に力を入れてプレーすると(本来は小指側(こゆびそく)側(がわ)、中指を介して小指側側を運動作用点とするのが、人体に適っている)橈骨と上腕骨がねじれ、ということは付着している筋肉に負荷がかかり、腱がずれたりするわけですね。

要は、負荷もあるのですが、からだの使い方、動かし方に問題があるようです。

上手な人、怪我をしない人はこの辺りが自然にできているのでしょう。

 

橋本先生は、歪んだボディのままでスポーツするとからだを壊すと書いていらっしゃいます。また、運動とスポーツは違うとも。

さて、私がよく感じるのは、

操体の専門家だったら、テニスは気を付けた方がいい」ということです。

もっと言うと、西洋発祥の、伸筋メインのスポーツも、です。

何故なら、操体の基本的な動きは、武術や日本の伝統芸能に通じる「屈筋メイン」のところが多いからです(ここでは、どちらが良い悪いという問題ではありません)。

うちのフォーラムには野球やサッカーイノチ!と言うメンバーもいますので(笑)

私の知ってる方でも「操体やってますしテニスが趣味です」という方が何人かいますが、操体もテニスも「趣味程度」でという方が多いので、その辺はご容赦ください。

 

何に気を付けたほうがいいかというと、

連動の法則というものがあります。
これは「身体運動の法則」にも通じるのですが、

テニスをやる方は、ある動きができません。できませんというか、
テニスのからだになっているので、橋本敬三先生が説いている「身体運動の法則」にマッチしない動きがあるのです。

これは一人二人ではありません。

操体の講習時や、操体を受けて頂いた中で、何名かテニスをやっている、習っている、教えている、セミプロなどの方をみていると、

ある動きが表現にしくいのです。


テニスには適した動きなのですが、本来の「歪みのないからだが引き起こす自然な連動」ではないんですね。

なので「あれ??もしかしてテニスやってます??」というと、大抵当たります。

師匠に聞いたら「昔から知ってた」とのことでした。

 

操体を勉強するには、特に臨床家に必要な全身形態の連動性を会得するには

(趣味とか健康体操とかでやっているのでしたら、必要ありませんので、気にしないで下さいね)

それまで自分が持っていた、からだのクセ、スポーツのクセなどを、
真っ白にして最初から構築する必要があります。

 

よく「操体の勉強をしたいのですが、全くの初心者なので本で勉強してから講習を受けたい」という人がいますが、

独学でヘンなクセをつけるくらいなら、まっさらな状態で習ったほうがいいんです。

むしろ、ヘンなクセがつくと、直すのに、どんないい先生にかかっても、3年はかかります。

私の知ってる方は、テニスのクセが10年たっても抜けませんでした(でも継続して勉強してました。その点は偉いと思います)。

それくらい強烈なからだの使い方なんですね。

 

そう言われると
中学高校と、体育はサボってばかりいたので(フォークダンスとか球技とか集団スポーツが苦手)が10段階の4だった(しかし運動会の徒競走は殆ど1位で、ヨガは13歳の頃からやっていた)私がですね、大学の体育の授業(一年で落とすと後が大変なので、これはちゃんと出た)で、始めてテニスをやった時、先生に「クセがなくていいね」(ほめたのではなく、多分まるっきりはじめてだったからだと思う)と言われたのは、今考えると良かったのかもしれません。

今まで「操体にはこれが役に立った」というのは太極拳です。

太極拳はやってもいいですね。できれば「制定拳」がいいでしょう。よくカルチャースクールとかでやっている「楊明時式」は、年配の方でもできるように、動きや負荷を簡略化しているので、からだの使い方、動かし方を勉強するのなら、二十四式の「制定拳」がお勧めです。あと、かっこいいのは「陳式」です。

 

なお、11月22日23日の東京操体フォーラムでは、ゲストの新部健太郎さんと私が
(23日予定です)、太極拳と気功について語るかもしれません・・・

 

また、操体の講習に長らく携わっていると、末端から動きを表現できないとか、何でも腰から動いちゃうとか、いろんなクセの人がいます。
それが結構いわゆる「スポーツが得意なスポーツマン」が多いんです。

そのスポーツ固有のクセが結構邪魔をしているんですね。

 

また、洋風の伸筋をメインに使うダンスをなさる方も、独特の動きが身についているので、注意が必要かもしれません。そう言う方に、連動の動きを指導すると「何だかヘン」だとおっしゃいます。

なので、スポーツパーソンの度合いと操体への親和度は必ずしも比例しないんじゃないかと思います。

 

私が「すごい」と思ったのは、平直行さんでした。

彼は元々現役時代私のところで操体を受けており、引退後に操体を勉強したいとのことで、三浦寛先生を紹介しました。

その際、それまでの「格闘技」の動きをリセットして操体的な動きを習得するスピードというか、変わり身の早さは驚きました。現在は「サムライメソッドやわらぎ」を主宰していらっしゃいますが、からだの使い方のクセをリセットできるという人はあまりいません。

 このあたりが凡人とは違うのかもしれません。

 

「人間橋本敬三を語る」と「女弟子友の会」

サイトに掲載されている操体関連書籍を整理していたら

昨年10月に出した電子書籍を紹介するのを忘れていたので追加した。

 

人間橋本敬三を語る 操体の極意(1)

人間橋本敬三を語る 操体の極意(1)

 

これは、東京操体フォーラム開催時、特別ゲストとして
温古堂で受付兼橋本敬三先生のお世話係として5年間過ごした「ミヨちゃん」を呼び、
師匠と対談した時のものである。

弟子とお世話係はやはり対応が違う、というかやっぱり橋本先生は男女に対応差をつけていたのではと(笑)思うところがある。

私が師匠に聞くのは「人のことを悪く言っているのを聞いたことがない」という、
非常に立派な先生の話であったりする。

一方、男性の患者さんにはいささか厳しく?女性の患者さんには非常に優しく??という話も聞いたりする。特に女性の患者さんはよく褒めていたそうだ。

更に「温古堂」というのは仙台の定禅寺通り(けやき並木や年末のライトアップで有名。橋本先生は町内会長をしていたらしい)にある。

定禅寺通りというのは、東北一の歓楽街、国分町のすぐ近くである。
患者さんの玄人のお姐さんが多かったとも聞く。
また、割と近くに「西公園」というのがあり、仙台市民会館があるが、ここは遊郭があったところだ。

それはいいとして、

ミヨちゃんの話を聞くと、
橋本先生をカミサマだと思っている人は腰を抜かすかもしれない。

ミヨちゃんが入ってから数ヶ月の間、敬三先生は不機嫌だったらしい。
とにかく機嫌が悪くて「辞めようと思ったこともある」とミヨちゃんが言っていた。
★その後、三浦先生の紹介で今先生が入って来てから温古堂の雰囲気は変わってきたらしい。

橋本敬三先生は、機嫌が悪いとミヨちゃんにあたった。

★どんな風にあたったかは上記書籍をお読み下さい・・

★ハナをかんだハンカチをすぐ洗えとか、出がらしのお茶でもっと濃いお茶を淹れろとか、トイレに一緒に入れとか(笑)。

「こりゃ単なるワガママじゃん!!!」とか

「これ、今だったら完璧にセクハラじゃん!!!」

という事実が、明るく楽しく書かれている。勿論、それを差し引いても魅力ある爺様だったのである。

また、ミヨちゃんに気を許していたのだろう。

さらに「操体法治療室」には、橋本先生がすぐ声を大きくして怒鳴るとも書いてある。
「なんでそんなにドナるの?」とミヨちゃんが先生に聞くシーンもある。
これは、怒鳴ってるのではなく、熱中するとつい声が大きくなってしまうらしいのだが、従業員が「怒鳴ってる」ように聞こえるということは、そうだったのである(笑)

 

 私も結構師匠にはあたられますけどね。弟子だから(笑)
男の弟子には余りあたらない気もしないではない(笑)

意身伝心: コトバとカラダのお作法

意身伝心: コトバとカラダのお作法

 

作者は松岡さんと田中さんであるが、実はこの本の企画は、この二人の弟子、太田香保さんと石原淋さんが企画している。どちらも一番弟子であり、女性である。イベントで、女子が弟子であることの大変さを聞いた。まあ、色々な苦労があるわけです。

 

往々にして男弟子は独り立ちする。それが普通だ。
ケンカして出ていったりするのも大抵は男弟子だ。
自分で新しい流派を作っちゃうのも男弟子が圧倒的に多い。

ところが女弟子は独り立ちはせずに、師匠にずっとついている場合が多い。

野口三千三先生の高弟、羽鳥操さんもそうだ。

この辺りは「女弟子友の会」でも作りたいところである(笑)。

 

「橋本先生がタバコを吸っていたのは、実は患者さんの中には喫煙者もいたので、気を遣って吸う振りをしてふかしていた」と私に言ったのは某中部地方操体の会の方だったが、この方は自分が嫌煙者なので、尊敬する橋本敬三先生が喫煙者では困るのだ。

カミサマ扱いしているので、喫煙していては困るのだ。

橋本先生が90歳の時転倒して大腿骨頭を骨折なさったのは、落ちたタバコを拾おうとして、と、聞いている。90歳になるまでタバコを美味そうに吸っていた人が「吸う振り」「ふかしていた」なんてまったくおかしかったりする。

 

おとひめカード。

大河ドラマで「軍師官兵衛」をやっています。

官兵衛が何に長けていたかというと、易占(えきせん)・天文学地理学だったのだそうです。
勿論官兵衛が占筮(せんぜい)しているシーンが放映されるわけでもないよな~、と思って
見ております。

さて、どこかで書いたかもしれませんが、
占いには「命」「卜」「相」という3種類があります。

命というのは、占星術数秘術四柱推命など、誕生日でその方の運気をみるものです。
統計学と言ってもいいでしょう。
数千年の知恵の積み重ねによって得られたものです。

卜、というのは、タロット、易など、その時の運気や、決断などを占うもの。

相、というのは文字通り、手相、人相、家相など、かたちから生じるエネルギーから
吉凶を判断するもの

です。

私達は大抵「相」で、クライアントのからだを診ています。
つまり、「かたち」やエネルギーを診ているのです。

しかし、それだけでは足りないのが事実です。
「卜」の、その時の運気なども実は重要な診断分析の材料になります。

「息診」(そくしん)は、「卜」に通じるものがあると思っています。

話はちょっと逸れますが、

易の先生(大学の先生もなさっている)のお話で「易をやっている」と、
学生に言うと、手を出してくる(つまり、手相を見てくれということ)学生が多くて
苦笑いしている、とのことでした。

これを聞いて、
操体やってます」と言うと、よく、
マッサージの真似とか、浪越先生の真似(指圧の真似)をされることを思い出して
笑ってしまいました。

本題。

おとひめカード、という美しいカードを手に入れました。
普通のトランプの4倍位の大きさ、一枚一枚に美しい色がついています。

これも一種の「オラクル・カード」ですが、はせくらみゆき氏が原案で、
神田昌典氏が監修しているものです。

オラクル・カードというのは、いわゆるタロットとか、チャネリング・カードとかを指します。

面白いのは、問題解決からエネルギー召喚法はもとより、企業内の研修、アイディア出しなどにも
使えるそうです。
私もオラクル・カードをやりますが、勿論「占術」にも使えそうです。

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日本語とは、森羅万象の働きの中で、ものごとをあるがままに捉え、素直に明るく「マコト」(誠、真事、真言)の心で生きてきた、祖先達の精神性が、そのまま言動の表現であり、魂のほとばしりとして、想いが外に顕れたものでした。

 

こちらをモチーフに、カタカムナなども交えて作られたカードです。
「あ」からはじまり、日本語の一つ一つが持っている「意味」が書かれています。

縄文言葉とも言われる、「やまとことば」が大きなヒントです。

今現在、相似象とかカタカムナマイブームなフォーラム実行委員の皆さんも
多分興味深いとおもいます。

エッセンス訳(量子場) 音が持つ量子の振る舞いの様子を言語化したもの
ワンワード訳(象徴語) 音が持つ代表的な量子の波を一音でシンボル化したもの
チャイルド訳      子供にもわかる言葉で表したもの

例えば「ひ」
根源からの出入り。日・陽・火・エネルギー・spirit おひさま
「ろ」
空間 回転の極み・変化・囲い・大物 space かわる

「そ」
外れる 寄り添う・上向き Upward そりあがる
「う」
生まれ出る 統合 根源 火 内側の充実 Oneness うれしい うまれる
「た」
分かれる 高くたくさん現れる 明るく積極的 Action たくさん
「い」
伝わるもの 陰 光 風 生命 活動 Light いきいき

「ほ」
引き離れる ふくらみ ゆるやかに出る Rise たちのぼる
「う」
生まれ出る 統合 根源 火 内側の充実 Oneness うれしい うまれる

そうたい
Upward Oneness Action Light
という言葉の中には「外れる」つまり、今までとは全く違うこと(西洋医学でも東洋医学でもない)
「統合」と「たくさん現れる」そして「伝わるもの」という意味があるようです。

こうやってみると、操体、という言葉に「法」がついたことで、
もともとのことから、引き離れ、ある箇所だけ立ち上っているのだなあ、
という感じがします。
まあ、私の解釈です。

予約販売もあっという間に枠が埋まってしまったようですが、直感で
「欲しい」という方は「おとひめカード」をご覧下さい。

 

操体でからだが、変わるということ。

謎。

操体の講習を続けていると体型があきらかに変化する人と、そうでない人がいる。

 

例えば「ジャミラ」のように肩がパンパンに張っていた某I氏などは、肩の張りがすっかり落ちている。

S嬢はやはり鎖骨のあたりがすっきりしたので、顔が小さく見えるようになった(師匠が「オマエ、顔小さくならない??」と指摘していた)。

両腕が内旋しすぎて(上肢が内旋していると、連動の関係で肩が上に上がり、日常的に緊張するので肩が非常に張る)ロボット君のようだった某K君は、肩と腕の張りがすっかりとれた挙げ句「顔つきが凛々しくなった」と言われている(笑)。

だいたい、操体の修業というのはコアマッスルを使うし、半分以上は武術の修業みたいなものなので、しっかりやっていれば体型が変わるのは不思議なことではない。
動きにキレが出てくるのも当然だ。

私の受講生でも半年で10キロ自然に減ったという人がいたし、一番は実行委員のT松さんだろう。30キロも自然に減ったのだから。

そういえば私のクライアントでも、体重は変わらないのに近所のコンビニのおばちゃんから「痩せた?」と言われたという人がいたっけ。

一方、何年やっていても体型が変わらないという人もいる。
「そろそろ変わってもいいんじゃない?」と思う事もある。
同じ事をやっているのに、何故なのだろう。

不思議なことに、皆男性だ。

これもまた不思議なのだが、劇的な変化を遂げる人も、全然変わらない人も大抵男性なのだ。女子は「劇的」というよりも、ナチュラルに変化するようである。

 

★なお、経験が長くても「動き」をやらずに「渦状波®(かじょうは)」だけしかやっていなかったりすると、動きの「キレ」が悪くなるのですぐわかるというのは師匠である。私もわかる。

★質の高い、敢えていうならば、至上体験のような「快」を味わってしまうと、からだが変わるのは間違いない。中にはヨーガの行者が長年の瞑想の後に観るようなヴィジョンを観てしまったという人もいたりする。

★このような質の高い快は、第一分析では得られない。第三分析(刺激にならない皮膚へのアプローチ)以上の動診によるだろう。つまり、対になった動きを比較対照し、楽な方へ動かし、瞬間急速脱力させるという分析法(第一分析)では得られないということだ。第二分析(一つ一つの動きに快適感覚の有無をききわけさせるもの。動きは比較対照しない)でも「慣れていれば」「快の回路が開いていれば」という感じで、やはり第三分析(皮膚へのアプローチ)以上の分析法であろう。

 

不思議だ。聞けば食事にも気を遣っているようだし。

これについては何と言うか「何かを手放していない」ということではないかと思っている。。

何だかわからないけど「何か」。

上手く表現できないけれど、彼らには何か共通点がある。
それは「想」の部分だ。

よく「体癖」という言葉を聞くけれど、「体癖」の前に「想」があるのではないだろうか??

または「極上の快」を味わったことがないのかも?

たまに「極上の快」を味わうことを、無意識下で拒否する人がいるのは事実だと思う。

多分、今までの自分が消えてしまうとか「変わる」ことに対する潜在的な恐怖があるのかもしれない。

何を「手放していない」のか、何となくわかるのだが、ここでは文字にしないでおく。