操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

マドリードから

スペインのマドリッドで指圧スクール(Escuela Japonesa de Shiatsu)の作って、25年前に師匠のところで操体の講習を受けたO先生という方がいる。浪越指圧の出身で、ヨーロッパでの指圧の普及に努めていらっしゃる。スペインの王様にも指圧したと聞いている。何度か国際電話でお話をしたことがあるのだが、実際お会いするのは初めてだ。何年か前に指圧学校のT先生が夏休みに日本に戻ってきた際に、私が短期間の講習をしたこともあるし、同門でフォーラム理事の佐伯氏がスペインに行った際には色々お世話になったと聞いている。



今回、T先生は夏休みで帰国中。土曜開催の臨床講座に出席したいということで講習の1時間程前にお会いする。日本の浪越学園・日本指圧専門学校の卒業式にも来賓として呼ばれる方であり、当然我々操体ボーイズ&ガールズの先輩だ。

私が到着すると、師匠とO先生は喫茶店で既に話が弾んでいた。



O先生が習ったのはそれこそ古典的な『楽なほうに動かして瞬間脱力』で、数年前にT先生が私の講習を受けて『最近は瞬間脱力はしていない』とか『全然違う。進化している』という話を聞いて『こりゃまずい』と思っていたとのことだ。



★ここで「エライ」と思ったのは、「最近は瞬間脱力していない」という話を聞いてO先生が危機感を抱いたことだろう。

同じような時期に師匠の講習を受けて、未だにその頃の動診操法をやり続けていることもある。

師匠が先に進んでいるのに、20年、30年前に習ったもの(伝統保存とかではなく、明らかに良い方向にシフトしているのに)からシフトするのはやはり大変なんだろうか。



★自分の講習でさえ、遙か昔に教えたものを未だにやっている人がいて、「私は最近もっと快適感覚に即した動診と操法をやっています」と言っても、「いや、私はあの時習ったのが全てです」という人もいて、何だかなぁ、と思うことがある。ある人などは「私は最近瞬間脱力を導くような動診と操法はやっていません」と言ったところ「僕は貴女に習った、あれが全てなので今更方向転換はできません」と激昂されたこともある。

ある本で読んだところ、人間はおいそれと自分の「恒常性」を変えられないのだという。多少の不満があっても、ベストではなくても、今の状態に甘んじるというところがあるそうで、なるほどね、とも思う。



講習では手関節の背屈の復習と掌屈、橈屈、尺屈の介助法。講習の間は私がずっとお相手していた。 O先生は、

『25年前に私が習ったのとは全然違いますよ』の連発。

『ワタシも最初に習ったのは瞬間脱力のほうだったので最初はクセを直すのが大変でしたよ』



O先生はボディに歪みがあるのか、連動が自然に起こらない。側屈すると捻転するか、肩が逆に上がったりする。腰痛持ちだという。

師匠が『O先生、仰向けに休んで下さい』と言い、ワタシに『ひかがみ(膝の裏)診てみろ』と合図する。左のひかがみに触れると、逃避反応が起こる位の圧痛がある。師匠がO先生の胸郭、左中央あたりの胸肋関節の辺りに触れると、やはり痛みがあるらしい。そこの皮膚の走行性と感覚を確認してから軽く指で触れていると(渦状波である。皮膚をずらすとかそのような大きなアクションではない)、O先生は仙骨辺りのムズムズ感と、それに続いて全身の気持ちよさを訴える。それが収まってからワタシは『もう一度ひかがみ触ってみろ』と指示を受け、触ってみると硬結は消えていた。

ひかがみは身体の歪みが鏡のように現れる。症状疾患や不調を訴える場合、ここに圧痛硬結がないということはない。また、ここには委中というツボがあるが、この凝りを取るのは指圧ではなかなか大変だし、鍼でも大変なのは小野田先生もご存じのはずだ。

その後O先生は「まいったなぁ」「ショックですよ」とおっしゃっていた。



★確かに仰臥膝二分の一屈曲位での足関節の背屈でも、ひかがみの圧痛硬結は解除できる場合もある。しかし、ここの圧痛は結構手強いのだ。単に足関節の背屈だけではうまく解消できない場合もある。このような場合に危惧すべきは足関節の背屈を何度も何度もひかがみの硬結がとれるまで操者の一方的な意向でやってしまい患者を疲れさせてしまうということである。



「他に何か気になるところはないですか」と師匠。

「右の崑崙(こんろん:足外踝の後ろで、アキレス腱の前際)あたりがつっぱるようです」

O先生に休んでもらい、師匠は左手首を擦診(皮膚をつまんで診る)する。その辺りの以上感覚ポイントに指先で触れ、ほんの僅かではあるが走行感を確認の上、感覚のききわけを促す。

暫くして、仙骨と右肩にムズムズ感がする、そしてきもちよさがとおる、という声を聞きながら数分。

立ち上がって正座するO先生は「いや、何ともありません。正座しても大丈夫です」。



O先生は25年前に習った時から操体の時空が止まっていたのだが、今回、そのタイムラグが一気に埋まったわけで、これはとても運がいいのだと思う。



話を聞いたところ、バルセロナでは指圧師の資格をとるのに、2000時間の実習と、何故か操体(O先生のお陰らしい)が必須になっているそうで、これで何故最近私のところに「操体習えないか」と、スペインやイタリアからメールが来るのかよく分かった。O先生は25年前に習った操体をスペインで専科で教えているそうだが、そのタイムラグを埋めてもらいたいとも思う。