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操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

秘伝。

 秘伝と言えば「月刊秘伝」(笑)。

東京操体フォーラムも何度か取材して掲載していただいたことがあり、相談役の平直行氏が連載を書いたりしている。柳生心眼流の島津兼治先生がフォーラムの講師としてお呼びしたご縁から、京都にご一緒したり、勉強会に来て頂いたりしている。島津先生は「月刊秘伝」の顧問なのだ。
島津先生から聞いて「なるほど」と思ったのは、秘伝というのは、実は非常にシンプルなものなのだそうで、だから一子相伝で伝えるのだそうだ。なるほど、と思ったものである。
5月26日、青山スパイラルホールで開催された「連塾 本の自叙伝」には、よく「月刊秘伝」に登場される、安田登先生(お能の下掛宝生流ワキ方)がゲストとして登場され、「リア王」、ダンテの「地獄編」を能的解釈で演じられた。お能にはあまり明るくないのだが、何だか凄いというのはこういうことなんだな、と思った。お能というのは、あの世とこの世の境目の話なのである。

春のフォーラムの打上の席で、秋のフォーラムの講義をお願いしている太田剛氏が、「能」という言葉を聞いて「なんだそりゃ」「理解不能っす」「?????」という顔の若手に、「アレはタイムマシンなんだよ」と、説明してくださっていたが、確かにタイムマシンだよな、と思った。

26日の安田先生と松岡正剛さんの話では、能というのは「あの世」と「この世」が入り交じっているんだな、というのをまたまた感じた次第である。100回見れば面白さがわかるというが、戦国時代の武将(例えば伊達政宗公も好きだったらしい)あれはナマで見るとわけがわからなくても何だか面白くなってくるのではないだろうか。歴史好きとして、武将がたしなむ能、茶道にももう少しつっこんでみたい。

千夜千冊より『ワキから見る能世界

秘伝と言えば、私が講習をしている「足趾の操法」、これは元々足操術の先生が仙台の温古堂に出入りしており、橋本先生に伝えたらしい。橋本先生が用いておられたのは、70歳から72歳くらいまでの短い期間だった。三浦先生は当時温古堂で修業中だった。私も「足操術」を知っているが、確か宮城の先生で、棒や指、手を用いて足の裏を刺激するのである。これはとにかく痛い。橋本敬三先生も痛いので、避けていた(笑)らしいし「あれは痛い」と三浦先生もおっしゃっていた。
橋本先生はその「足操術」を、痛くないように改良したものをやっておられたのである。当時は「ゆらす」「おとす」「もむ」の三種類だった。
その後三浦先生が幾つか操法を加え、更にきもちのよさが増す「おさめ」を導入された。そこに私が長年研究してきた「趾廻し」を加えたものが、「足趾の操法」として、一般社団法人日本操体協会が商標登録している。

操体法東京研究会の定例講習でも少し時間を割くが、プログラムの都合上、多くの時間を割くわけにはいかない。なので、長年やっているフォーラム実行委員でも、勉強会などでやっているのを見ると、結構自己流になっていたり、作法が守られていなかったりする(やり方も随時進化しているので、変更になっている場合もある)。いずれにせよ、これだけでも立派な臨床になるものだ。

本当はフォーラム実行委員の皆さんにも極めて頂きたいのだが(私がたまに勉強会で見る限りでは結構自己流になっている)、ななかなかそうはいかないらしい。しかし昨年、今年と何人かはゴールデンウィークの講習に参加して、見事なブラッシュアップをしていった。

足趾の操法は、一見すると簡単そうに見える。操体の第一分析がはたからみると簡単そうに見えるのと似たようなものだ。しかし、実際にやってみると、左右のリズムを合わせるとか、ゆったりとしたスピードで、操者の目線を一点に定めて行うことが、そんなに簡単ではないことがわかってくる。最初はそんなものである。「ゆらす、落とす、揉む」の3つの中で、一番難易度が高いのが「もむ」である。これは一見すると「回している」ように見えるのだが、そうではない。回しているのではなく、揉んでいるのである。
私はよく「オシッコを我慢してるみたいにやるな」(失礼)と、指導することがある。これは、ちゃかちゃかちゃかちゃかっ、とまるで尿意を我慢しているような感じに見える、早いリズムで行うことで、当然ながら被験者の快感度は低い。これを防ぐにはコツがある。

コツがあるんですよコツが。

長年教えていて、どうにか受講生が上手くできるように伝えたい、とずっと考えてきた。と、あるとき脳裏にふっとひらめいたことがあった。これだ!と、早速師匠にお願いして、模範実技をしていただいたところ、私のひらめきは間違っていないことがわかった。その時「ああ、これが秘伝っていうことなんだ」と思った。そんなに凄い事ではなく、シンプルなことなのだ。
また、ケチだからではないのだが(笑)、秘伝は「人を選んで教えることが大事」なことも何となくわかった。

だから、秘伝なのだ。