例えば腰痛で操体を受けたいと思い、操体の先生のところに行くとしよう。
『あの〜、腰が痛いんです』とアナタは訴える。
『腰の調子も悪いし、背中も痛いんです』
操体のセンセイはちょっと黙ってから
『それはね、あなたの生き方が間違っているからです』
と言われたらどうするか。(注:私は言いません???)
『失礼な!』と憤慨して帰ってくる?
それはちょっと早計というもの。
これは別にあなたの生き方(ライフスタイルや職業が間違っているわけではない)にケチをつけているのではなく『息・食・動・想』、最小限責任生活(自律可能な営み)が間違っているというか間に合っていないということなのだ。
人間、誰かのせいにするのはとても得意である。でも、この「息食動想」の4つは、環境にも影響されるが、基本的には自分でコントロールするものだ。この4つの生きるための営みが間違っているから、バランスが崩れ、ボディに
アンバランスが生じ、それが『不定愁訴』(きもちがわるい)から、『機能異常』、やがては『器質破壊』へと進んでいく。
器質破壊、まで行かなくてもどこか調子がちょっと悪い時、考えてみると『息食動想』に絶対思い当たる節があるはずだ。
ある人が『操体って素晴らしいですね。快適感覚をききわけ、味わうなんて』と言った。私は『そうですね。でも、「自己責任」なんですよ。いくらこのように素晴らしい原理原則を伝えても
受け入れる人とそうでない人がいますから。橋本敬三先生も「取る取らないはテメエの勝手」と言われてました』と答えた。
何でも入る大きな器であるけれど、自己責任も問われるのだ。