操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

たった2ミリ程度の違いが、大きな違いを生む。

私は自発的にはテレビを見ない。といっても、家人が観ていれば一緒にみることもある。

たままた「探検バクモン」で、薬師寺の「東塔」の修理の模様をやっていた。

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名物和尚、高田好胤管主の「修学旅行生」向けの説法も、なんだか聞いた記憶がある(中学の修学旅行は、法隆寺とか興福寺とか、東大寺で某学会だった同級生が、大仏殿に入りたくないと担任に言って、却下されたことはよく覚えている)。

 

今回、東塔の脊柱にあたる柱を含め、1300年ぶりの解体工事なのだが、メインの柱の中が、シロアリに食われていて空洞化していた。放置しておいたら、東塔が倒れかねない。

その柱だが、古い材木をなるべく活かすために、ミリ単位で削って新しい木材をはめ込むというすごいワザを使っている。

 

「ミリ単位」で連想するのは「介助・補助」である。


木組みの場合、勿論ミリ単位で正確に削らなければ部品がはまらないし、摩擦によって部品を接続することはできない。ミリ単位というかもっと細かい単位だろう。

 

人間の手、あるいは足に介助・補助を与える、かける場合も実はミリ単位だし、足趾の操法®の指導者クラスであれば、ミリ単位の違いが、被験者に与える満足感、快感度が全く違ってくることも知っているだろう。

 

★例えば「足趾の操法®」だが、「まな板がはまっているかどうか」で、快感度が全くちがってくる。

※これについてはまた後程。

 

この、介助法、補助法をじっくりみっちりしっかりやるのが、操体法東京研究会の定例講習であり、補講の「視診触診」講座である。

 

★そしてこの「補講」の「視診触診」、苦手であまりやりたくないのは分からないでもないのだが「視診触診の基礎」ができていないとか、人に触り慣れていないとか、必要な受講生に限って受けていない。こちらはいつでもwelcomeなのだが。

それはさておき、

 

以前、ある古武術系の治療法の勉強会に参加したことがある。
驚いたのは、先生が「やってみせて」「はい。やってみて」という教え方だったことだ。まあ、伝統芸能古武術ならば、そうかもしれない。

「見て盗め」とか「見て覚えろ」だから。

それも結構危険なワザだったりした。
慣れているプロ同士ならば、多少危険でもなんとかなるし、また、名人の先生がいるので、怪我があっても何とかなるのかもしれないが。。

(ちなみに私は『ハタケヤマさんは細いから、骨を折るといけないから、ここは見学していてください』と言われたりした。危険なのか?)

 

それを、初心者が見よう見まねでやるわけなのだ。

 

★なお、その先生は「どこに触れるか」などにはとても詳しい。
しかし、昔の方なので「どうやってどこに触れるか」までは教えないのだ。
それはそれでよくわかる。分かる人間にしか伝わらないから。いわゆる「一子相伝」の教え方なのである。

優秀なヤツだけ残すには、本当はこれがいいのだ。

 

★★しかし、今の時代にそれをやっていたら、時間がかかって仕方ないし、それでなくとも伝えにくいので、やはり指導法には現代的な工夫が必要だ。後継者を育てるには、そのあたりも考えなければならない。

 

★★なお、一番合理的な「技術伝承」を研究した先生がいたそうだが、何でも一番効率がいいのが、古典的な徒弟制度に、ネットワークをプラスすることらしい。

(おお、これって操体法東京研究会がやってることだ!)

 

★ちなみに、その武術の講習で、仙腸関節の調整的なものの練習台になったら、首が動かなくなった(笑)。あとで師匠に治療してもらったが。改めて、仙腸関節と首って繋がってるんだなー、と

 

なお私はクセで「どういうふうに持っているか」「手の形は」「関節にはまっているか」などを見てしまう。

 

★例えば、指2本を使う介助法で、指3本使っていたりすると、二十人くらいいても、発見することができるのだ。いやな特技だな!

というか、手関節や足関節への介助補助は、「関節技」の練習(正確には、皮膚を使っており、関節技よりも繊細)なのだ。

 

 

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ちなみにこれは、講習の際の師匠(三浦寛先生)の手元である。

スタンスとして、伏臥位の被験者に対し「両膝の開脚」をさせており、その際、両足の足底に片手で介助を与えている。

 

写真だけ見ると、とても簡単に見えるのだが、実は難易度は非常に高い。

 

しかし、練習すればできる。できるようになるまでに挫折するのもいるけれど。

 

★また、伝統芸能もそうですよ、と言われたが、なまじっか器用で、最初からちょっとはできるので、練習をサボるのもいる。

 

そういう輩は、あとで壁にぶつかるのだ。