操体法大辞典

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読書日記@2020年11月「共感」

今月も「読んでない」といいつつ、結構読んでいる。

 

今日ご紹介する本は、読む人は読んで心をえぐられるだろうが、読まない人は「自分は関係ないから」と、一生読まないのではないかと思う。

 

私はかなり、えぐられた。そして、私がずっと感じてきたのは「絶望感」だということもよくわかった(絶望しているわけではない。後述)。

 

著者、清田隆之氏は、1980年生まれ。大学時代に「女子の悩みを男子が聞く」という「桃山商事」というサークルを立ち上げ、現在に至る文筆家である。

清田氏は、この本の中で相談者から寄せられる「男性像」のエピソードをまとめた。そこから見える傾向や共通点を抽出したのである。

それは、全く別の女性達から得られた情報にもかかわらず「これ、同じ人のこといってるんじゃない?」的な共通点があったのだ。

 

なお、私は占い師もやっている。当然ながら恋愛のご相談を受けることが多いのだが、頷けることが非常に多い。

特に「人の話をきかない」「決断を先延ばしにする」「あやまらない」「すぐ不機嫌になる」というのは、「あるある」過ぎて笑ってしまう位だ。

 

  • 小さな面倒をおしつけてくる男たち
  • 何かと恋愛的な文脈で受けとる男たち
  • 決断を先延ばしにする男たち
  • 人の話を聞かない男たち
  • 謝らない男たち
  • 女性の身体について無理解な男たち
  • 仕事とプライベートで別人のようになってしまう男たち
  • プライドに囚われる男たち
  • イキる(イキがる)くせに行動が伴わない男たち
  • 男同士になるとキャラが変わる男たち
  • すぐ不機嫌になる男たち
  • 何ごとも適当で大雑把な男たち
  • 付き合い始めると油断する男たち
  • 「ほうれんそう」ができない男たち
  • 上下関係に従順すぎる男たち
  • 話し合いができない男たち
  • お金のつかい方が意味不明な男たち
  • 身体のことを考えていない男たち
  • 保守的で変化を嫌う男たち
  • シングルタスクな男たち

勿論、全ての男性がこうだと言うのではない。

 

私は以前から「何故、男女差があるのか」とか「ジェンダー論」には興味があるので、それこそ黒川伊保子さんの本などはしっかり読んできた。伊保子さんは、優しい目で男女の脳の差違を説明してくれるし「女の機嫌の直し方」という本は、賢人半蔵さんが紹介してくれて、フォーラム実行委員の男性数名は、この本の恩恵にあずかったと言っていた。

 

しかし、しか~し、ここで面白かったのは「あなたが一番読んだほうがいいんじゃないですか」と言う人が読まないのである。

 

この本は男性が、自分達が見たくない、目を背けたい、実際に男性が「人の話を聞かない」とか「決断を先延ばしにする」とか「無自覚のうちに女性に絶望感を与えている」ことに目を向けている。

 

女性はちょっと間違えると「オバサン化」する。ならないように努力するのだが、子育てとか人生の節目などで、吹っ切れて「オバサン化」する。つまり、わかっていてやるのである。オバサン化しても、どこかで「見ている私」がいるのは間違いない。

 

男性は圧倒的に「無自覚」が多いらしい。
例をあげると「一人だといい人なのに、男性の仲間とつるむと、急に人が変わる」、例えばオラオラになるとか、男尊女卑になる」とか。清田さんは、その辺りの変化が激しい周囲の知人にリサーチしたところ、

「オレはそうじゃないからわからない」

という答えが返ってきた、と書いている。

つまり、やってるのに無自覚なのである。

 

この、無自覚というのが一番こわい。

 

なお、冒頭に書いた「絶望感」だが、私の場合は「話が通じない」という絶望感が大きい。

 

これは、自分の父親がそうだったので、なおさらわかる。

 

また、近しい人の中にも「話が通じない」人がいる。通じない、というのは「聞いた質問に対して、答えを返してくれない」とか「へ、そこ?」という感じなのだが、今回なおさらよくわかったのは「そういう人は、人の話を聞いていない」ということだ。

 

黒川伊保子さんは、愛情をこめて「処理能力以上のことを(感情表現とか)言われると、男性脳は女性の言葉がモスキート音に聞こえる」というようなことを書いている。

脳が緊張し、緊張したあまり、空間認知能力(戦略力、危険察知力)を最大限に使うモードに入るので「ほえほえほーひーぷー」みたいに聞こえるんだそうである。

 

最近は「あ、この人には、私の言ってることは、ほえほえほーひーぷー、って聞こえてんだな、と思うが、直感的には、これを敢えて「聞きたくないからやっている」人もいるように思える。

つまり、確信犯的に人の声を「ほえほえほーひーぷー化」しているのではないか。 

 

さよなら、俺たち

さよなら、俺たち

 

 

二十数年前、私の父が心筋梗塞で急逝した際の話だが、当時勤めていた会社は、親が亡くなっても正式な忌引きは3日というクソ(マジです)な会社だった。

その時、同僚だった人は「私は親を亡くしたことがないから、アナタの気持ちはわからない」と言った。

その背景だが、忌引きは三日なのに、それ以上休んだ私に対して「その分私が忙しかった」という、あきらかに非難のニュアンスがこもっていた。

 

この時、私は「こんな人もいるんだ」と驚いたことがある。

 

もうひとつ。

私が大好きでよくここでも紹介している「密教僧 秋月慈童の秘儀」。見えてしまう、という霊感を持った密教僧が、中学時代その能力で悩み、成長するというくだりがある。

 密教を学ぶには、お薦めの本であるし、能力者の成長物語でもある。

 これを読んだ人には、大きく分けて2つの反応がある。

「面白い」(多数はこちら)。

もう一つは「自分はこういう能力を持っていないから、よくわからない」という反応だ。

マンガも小説も、感情移入するから面白いのだが、もしかすると、この反応をした人は、霊的なものが嫌いだったのかもしれない。

 

しかし「自分はそうじゃないからわからない」というのは何だか少しさびしい。

親が亡くなった人に「私は親を亡くしたことがないから、あなたの気持ちはわからない」とか、犯罪の被害に遭った人に「私はそういう目に遭ったことがないからわからない」というのとあまり変わりがなさそうな気もする(霊的な事が怖かったのならば、すんません)。

 

さて、私は何が言いたいのかというと、グレートコンジャクションと共に、共感や、感情を言語化する時代がくるのではないかということだ。

また、私をはじめ多くの女性が味わっているだろう「伝わらないという絶望感」の謎が解けたということだ。

 

先の清田さんの本に、面白いエピソードがでてくる。

妻に浮気をされた男性が怒っているのだが、その人は、感情の言語化ができない。

気持ちを聞かれても、自分は悲しいとか寂しいとかくやしいというのではないのだ。

「だって、不倫って悪い事でしょ?!」と、物事の善悪判断において悪い事だから、悪いのだ、というのである。

この人も本当は悲しいとか辛いとか、そういう感情がしっかりあるはずなのだが、感情に光を当てて、言語化することをしてこなかったのだ。

なので「浮気は悪い事だから、悪い」ということになる。

 

お、話が「正しい・正しくない」「損か得か」ではなく「好きか嫌いか(快か不快か)」に近づいてきましたね。