もし、あなたが、あるいはあなたの周りで
操体を受けて『きもちいいですか』と、しつこく聞かれて不愉快な思いをしたり、自分には操体は合ってないとか、自分は操体を受ける素質がないと思ってしまったとか、悲しい思いをした方がいらっしゃったら、
本当は、そんなことはないんだよ、と教えてあげてください。
我々、操体法東京研究会で学んだ者は
「からだにききわけて」
というキーワードを重要視しています。
何故ならば、操体の臨床(治療)は、被験者(受け手)本人ではなく、「からだ」に問いかけているから。
問いかけを「本人」にしているのか「からだ」にしているのかで、臨床の過程が違ってくるのです。
「言葉の誘導」においては、「簡単簡単。適当でいいよ」ではダメです。
相手(被験者、クライアント)あっての、双方のコミュニケーションですから。
先日も「操体って、きもちいいかってやたらに聞かれるから腹が立つ」という方がいました。話を聞いてみると、動診の最中に「きもちいいか」と、やたら聞かれるというのです。
私も操体好きですが、しつこく「きもちいいですか」と聞かれるのはイヤです。
せめて「きもちのよさがききわけられますか?からだにききわけて」じゃないと。
★うちの一門ではそのような(きもちいいですかの連発)指導はしていませんが、世の中には
「きもちいいかとできるだけ聞け」と指導しているところもあるようです(実話)。
★きもちよくないのに「きもちいいか」としつこく聞かれたら、そりゃ腹も立ちますよね。。。
★上記の場合は「すごく上手い先生が『こりゃ100パーセントきもちいいな』と、目星をつけてから「きもちいいですか」と聞くのはアリかもしれません(うちの一門ではやりませんが)。が、そうじゃない人が(つまり、きもちよくないのに)しつこく「きもちいいですか」と聞くのは、しつこいですが腹も立ちます。
★これらの先生を指導している先生は、上手いので(すごく上手い先生の先生としましょう)、被験者を「きもちいい状態」に導けるのですが、習ったばかりとかの「ビギナーの先生」がやっても、「きもちいい状態」に導けないのです。
とにかく「きもちよくないのに、きもちいいかと何度も聞かれてイヤになった」というご相談、私は良く受けます。
また「その先生がAVの見過ぎのようで怖かった」(笑い事ではありませんが、相当おかしいです。。)という女性もいらっしゃいました。
我々は「からだ」に問いかけるので、
「(今の状態で、からだに)きもちのよさがききわけられますか?からだにききわけて教えてください」
と、問いかけます。
上記の場合「あなた、いま、きもちいい?」と「あなた(本人)」に聞いているわけです。
更に言いますが
「今の動き、きもちのよさがききわけられますか?(きもちのよさ、が主語)からだにききわけて、教えて下さい」
と
「今の動き、きもちいいですか?(本人が主語)」
では、全くニュアンスが違いますよね。
この話は何度も挙げていますが、私が未だにコンスタントに?
「きもちいいですか、としつこく聞かれてイヤだった」というクライアントから相談を受けるというのは、問題です。
(こちらにまで、迷惑と操体に対する不信感が回ってくるのですから)
操体界自体の問題にもなりかねません。
しかし、何故「きもちいいかを連発する先生方」が気がつかないかというと、患者さんが、気を遣って「きもちよくないけど、先生に悪いからきもちいいって言っておこう」ということになっているのです。
(つまり、施術者自身が気づかないと、永遠に気づかないことになります)