操体法大辞典

操体の専門家による、操体の最新情報など

瑞鳳殿・大崎八幡・青葉神社 その1

私の両親の兄弟姉妹親類縁者の8割は宮城県
気仙沼市と仙台に住んでいます。

橋本敬三先生(橋本家)のお墓がある葛岡霊園には、
若くして亡くなった叔父とか、親類が何人かお世話になっています。

私は子供の頃から何故か仙台が好きで、今でも十分好きなんですが、

伊集院静さんみたいに、仙台に住むってのはどうだ?とか
一月のうち一週間位は仙台っていうのはどうだ?とか

アホなことを考えることがあります(笑)。

我が家から東京駅までは徒歩も含めて30分かかりません。
そこで「はやぶさ」とか乗っちゃうと、2時間ちょっとで仙台に着きます。

というわけで、今回は

新しい編成となった東京操体フォーラム
実行委員面々の御加護を祈念するために

(もっともらしく理由をつけてみました)

仙台に行って来ました。

まずは、必ず参拝する「瑞鳳殿」。

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瑞鳳殿

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門の外から霊廟(瑞鳳殿)をみたところ。

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涅槃門を階段の上から見たところ。

今更説明はいらないと思っているのは私だけかもしれませんが、
ここは仙台藩祖、伊達政宗公の墓所です。
この近くには、政宗公から数えて三代の伊達家当主の墓所があります。
昭和20年の空襲で焼けてしまいましたが、復元されました。
本来は木造でしたが、現在は鉄筋製だそうです。

桃山様式の華麗な建物です。横には資料館があり、
政宗公の墓所の発掘調査の模様を収めたビデオが流されています。

長くなるので端折りますが、
ここは政宗公自身が「墓はここに」と、自ら決めたところです。
経ヶ峯といいます。

ちなみに政宗公は独眼で有名ですが、
政宗公は万海上人の生まれ変わり、という伝説があります。
万海上人も独眼だったのです。

そして後に、経ヶ峯から万海上人のお墓が見つかったのだそうです。

涅槃門を通って石段を登った右手に、万海上人の墓碑があります。

何だか長くなるのでやめておきますが(笑)、
私にとっては非常にこころ安らぎ、パワー溢れる場所です。

 

 

 

 

2014年秋季東京操体フォーラムに向けて

今回、東京操体フォーラムは組織編成を少し変えました。
それぞれのちからを活かしながら、若い衆の活躍の場をつくることができるよう。
実行部隊(タスクフォース)を
先輩の賢人(アドバイザー)や巧者(スペシャリスト)が
支え、なおかつ一般社団法人日本操体指導者協会とのタッグも
ますます強力に、フォーラム運営は勿論、海外での活動、出版、
海外での活動、グッズ販売?まで、色々企画を練っています。

 

秋のテーマは「操体進化論」。

http://www.tokyo-sotai.com/?p=813

ゲスト講師には、福岡から舞踏家・武術家であり易筮家でもあり、
ISIS編集学校関係者でもある新部健太郎氏をお迎えします。


操体も、橋本敬三先生の時代でも進化していました。
例えば、身体運動の法則こと、「般若身経」も、時代によって
少しずつ変わってきています。

その一部分だけ見て
「般若身経って自分が習った時はこうだったから、進化には適応しない」

というのもアリです。

が、私達は基本的に「クライアント(患者様)」のからだにとって
やさしいか?」と考えます。

 

第一分析とか第二分析とか色々つくりやがって、とかいう声も聞かないでは
ありませんが、これは、操者(操体指導者)のエゴではなく

「クライアントのからだにとって、優しいか?効果はあるのか?」
ということを考えているのです。

ですから、もっといい手法、クライアントのからだにやさしく、
いのちを活かすような分析法があれば、操体の原理原則に従って
よりよいものを追求しているのです。

 

というわけで、

操体が「楽な方に動かして瞬間的に脱力する」という、運動分析の第一分析から

「ひとつひとつの動きに快適感覚の有無を確認し(ききわけ)、そのきもちよさを味わう」という、感覚分析の第二分析へ移行する様子を私が紹介します。

私自身、最初は「楽ときもちよさって違うの?」と思っていましたが、
ある日、その違いを体験することができました。

それは、非常にショッキングな出来事であったと同時に、
操体の可能性が一気に何倍にもなったのと、扉が開かれたような感じでした。

この違いを、時系列で体験することによって、操体の進化がわかります。

また、後半の第三分析(皮膚へのアプローチ:渦状波®)、第四分析は、理事長、
操体法東京研究会主宰の三浦寛による解説です。

操体に新たな時代を生みだした、皮膚へのアプローチ。

 

どうぞお楽しみに。

 

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Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である

 2014年9月11日発売となっているが、

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である (ペンブックス)

Salon de SHIMAJI バーカウンターは人生の勉強机である (ペンブックス)

 

 私は既に三日前、一足先に拝読した。

三浦寛師匠のところに、メンテナンスで定期的に通っていらっしゃる、
患者様の鑑のようなシマジ先生が、師匠に発売前にサイン入りで下さったのを
早速愉しんだのである。

勿論自分用にも買う予定だ。

タモリ賞賛「圧巻である。本書には悪魔と天使が乱舞している」

前半は、架空のバー、「サロン・ド・シマジ」に様々なお客が訪れる。

私が気に入ったのは、シングルモルトラフロイグ君が自分の生い立ちを語るところ。

開高健さんがやってくるところ(サロンではシングルモルトをストレートで飲んで食道ガンになった人がいるということで、ストレートでは出さない。ちなみに食道ガンになった一人が開高さんである)。

後半は、本当に伊勢丹メンズ館に「サロン・ド・シマジ」ができてからの話になる。

本当に面白いのはここからだ。

というのは、顔見知りの人ばかりが登場するからなのだ。

モリマサさんのグリーンのバッグもこの前実物を見たし、
スタスタさんはうちのフォーラムの最高顧問だったりする。

後半は笑いっぱなしであった。

来年は、現在メールマガジンで連載中の「神々にえこひいきされた男達の物語」が書籍化されると聞いている。これには師匠が登場するので、これまた愉しみである。

 

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 名物、スパイシー・ハイボール

 

 

「嫌われる勇気」(アドラー心理学)

なるほど、何故○○氏が、いい大人になっても人からほめてもらいたがるのか。
何故、△△君は大学受験の前になると体調不良で試験を受けられないのか。

タイトルを見て、最初「人生、自分の好きなことして、嫌われるならそれでいいじゃん」系の本だと勘違いするかもしれないが、サブタイトルは「自己啓発の源流『アドラーの教え』」とある。世界三大心理学者と言われる、アドラーの心理学だ。

フロイトユングアドラーの三人が、世界三大心理学者)

アドラーの思想を「青年と哲人の対話」という、物語形式でまとめたものだ。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

嫌われる勇気

嫌われる勇気

 

 偶然ではあるが、私はこの本で、丁度前の日の「操体法東京研究会定例講習」で、師匠が黒板に書いて引用した「ニーバーの祈り」の一文を見つけた。

何だかすごい偶然だ。

カート・ヴォネガットの「スローターハウス5」にも引用されている。

神よ、願わくばわたしに、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを常に見分ける知恵とをさずけたまえ

 

目次を書き出してみると、

過去に支配されない生き方

あなたの不幸はあなた自身が「選んだ」もの

人は常に「変わらない」という決心をしている

あなたの人生は「いま、ここ」で決まる

なぜ自分のことが嫌いなのか
全ての悩みは「対人関係の悩み」である

劣等感は、主観的な思い込み

言い訳としての劣等コンプレックス

自慢する人は劣等感を感じている

承認欲求を否定する
「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない

対人関係の悩みを一気に解消する法

叱ってはいけない。ほめてもいけない

「勇気づけ」というアプローチ

過度な自意識が、自分にブレーキをかける

自己肯定ではなく、自己受容

 以上は抜粋だが、なかなか興味深い項目が並んでいる。

私は直感的に、これは操体の哲学ににているな、と思った。

「ここにいて、いいんだ」という言葉である。
また「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」という諺が引用されている。
これは「やるやらないはテメエの勝手」つまり自己責任を指している。

なお、私の知り合いは叱ってはいけない。ほめてもいけない」という目次に対して

橋本敬三先生は『子供はほめて育てよ』と書いてある」と、クレームをつけてきた。

アドラー心理学の立場では「ほめるという行為には『能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれているのだという。

例えば夕飯の準備を子供が手伝ったら「お手伝い、えらいね」と褒める母はいるだろうが、夫が同じ事をしたら「お手伝い、えらいね」とはほめない。これは、対人関係を縦軸で捉えているから起こるのだそうだ。

さて、そうするとどうやってこの問題を回避したらいいのだろう。

それは「勇気づける」ことだ。
これは縦の関係ではなく、横の関係だ。

橋本先生の言葉は、確かに「年の功」というのもあったかもしれないが、「縦関係」ではなく「全面的な勇気づけ」という感じがする。

例えば「たいしたもんだ」とか。

また、援助(介入にならないもの)と介入(対人関係を縦でとらえ、相手を自分より低くみているからこそ、介入してしまう)の区別も大切だと説いている。

「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を呑ませることはできない」で考えると、課題に立ち向かうのは本人であり、決心するのも本人なのだ。

そして、割と多いのだが「ほめられたがる人」。

人はほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成してゆくのだそうだ。これは「ほめられたがる人」にとってはショッキングなことだろう。

 

文中に登場する「青年」は、アドラー心理学に対して「劇薬だ」と言う。

確かに劇薬である。

味わって見る価値はある。

 

ISIS夜学 心と論理の誕生を編集する夜学 安田登氏

2014年9月2日、3時。

私は東京操体フォーラム実行委員の「香」嬢と用賀の駅に立っていた。
ボストン美術館 華麗なるジャポニズム展を観るためである。

二人でモネの「ラ・ジャポネーズ」を堪能したのであった。

その後、田園都市線で三茶まで戻り、師匠と落ちあい、三人で世田谷線に乗った。
山下(小田急豪徳寺とクロスする)で降りてしばらくすると、やはり待ち合わせしていた実行委員の「新」さんが現れた。

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豪徳寺駅の前にはやはり「招き猫」。

 

小腹が減ったので以前、A松女史や祇園の若旦那と行った蕎麦屋に行こうと思ったら、
定休日だったので、その先の中華料理屋に入った。なかなか美味しかった。

その後商店街の途中の和菓子屋で菓子を買う。

そしてGISIS到着。

席が空いていたので私と師匠は一番前に陣取る。九州の中野組長とも再会。

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師匠、松岡校長を見つけ、サンクロン(熊笹エキス)を手渡すの図。

 

安田登さんのステージは、「連塾」などで何度は拝見していた。


「月刊秘伝」とかにたまに登場しているので、
(月刊秘伝の最高顧問、島津兼治先生とは親交があるし、師匠も「月刊秘伝」で対談したことがあるし、月刊秘伝 で、東京操体フォーラムの取材をしていただいたこともある)また、ロルファーであるので

何となく業界が近い人?みたいな感じなのである。

また、知人が宝生流の弟弟子だったりして。

 

私は年初、安田さんの本を読んでいたのだった。これは面白かった。バンドマンやっていたとかね。

あわいの力 「心の時代」の次を生きる (シリーズ 22世紀を生きる)

あわいの力 「心の時代」の次を生きる (シリーズ 22世紀を生きる)

 

 

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前半は、甲骨文字を読むという話。

易の話も出て来たので、易を学んでいる者としては、この辺りもやはり押さえておくか!と考える。

 

昔は左脳と右脳が分離していたとか、
古代人には心(時間の概念)がなかったとか、非常に興味深い話が続いた

前半は安田さんのお話で、後半松岡校長が登場。

二人とも声がいいので惚れ惚れ(そこかい!)。

 

あと「能で寝るのは正解」というのにも驚き(笑)

100番観るとわかるらしいので、今度こそ??

そして、帰宅後、再度「あわいの力」を読んで復習する。

話を聞いたばかりなので、アタマにすいすい入ってくるぞ。

刺激的な夜でした。

 

 

 

 

正座と操体。正座ができない場合は?

武術というのは、修業の途中でやめて、師匠の元を離れて
自己流でやっていると、からだを壊すようにできている。

という話を平直行さんから聞いた。

操体もそうだ。
私はよく受講生に「足趾の操法をやる場合、ちゃんと教えるから、
習わないうちはやるな」という。

見よう見まねでやって、肩とか肘を壊すのがいるからだ。

また「壊さないようなコツ」というのは、
「めんこい奴」に教える。これは私だけではないと思う。

 

えこひいきじゃん!という輩は、我らがシマジ先生の
「えこひいきされる技術」を読むといい???

えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

えこひいきされる技術 (講談社+α新書)

 

 

大抵、途中でほっぽり投げてどこかに逃げるとかヘタレる輩はわかる。

そういうのには教えない。というか、最初に書いたように

「自己流でやっていると、からだを壊す」ようになっているのだ。

 

昨年操体の指導にスペインのバレンシアに行った時のこと。

参加した受講生の多くは指圧学校の生徒さんだった。
その中の一人の若い男性から質問を受けた。

正座が苦手なんです。何かいい参考資料とかありませんか?

 

指圧はベッドで行うこともあるが、レッスンは基本的に正座で行う。

スペイン在住が長い方に聞いてみると、
スペインの方はわりとホルモン異常で急激に太ったりするので、
正座ができなくなることがあったりするのだそうだ。

 

ちなみに操体もベッドを使うが、私は結構フロア派である。

また、定例講習では必ず正座位での練習があるし、足趾の操法に限っては
正座は必須なのである。

 

また、私達は正座する場合、踵の間にお尻がすっぽり入るように座る。
(手はそけい部に、掌を上に向けて置く)

足を重ねて正座する場合、脊柱や骨盤、下半身に歪みがあることが多い、と
橋本先生も書いていらっしゃる。(万病を治せる妙療法、の口絵参照)

 

さてさて、定例講習にも「正座ができない」という人が結構いらっしゃる。

ところが、大抵は半年も講習に参加していると、正座が可能になってくるのだ。

これは、講習に参加、歪みが正される、ということ、膝にトラブルがあった場合、
それも良くなってくるということも考えられる。

 

昨日足趾の操法に参加しているAさんを何気にみると(50代前半)
きれいな正座をしているではないか。昨年末は正座ができなかったのだ。
歪みが正されたのだ。

 

また、これは上級秘伝なので書かないが(笑)長時間正座をしても大丈夫な方法というのもある。

よく「長時間やっててよく疲れませんね」と言われるのだが、
そういう秘法があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

テニスと操体。

今日は橋本敬三先生のお誕生日です(1897年:明治30年)。

 

さて、錦織選手、すごいですね。

テニスとかは普段全く観ない私ですが、今回は驚きました。
何かって、あのラケット遣いです。
ラケットが生きてるようではないですか!!!

また、何だか顔つきも前とは違って、精悍な感じになったじゃないですか。

 

さてさて、私はテニスはやりません。

というか球技が余り好きではなく、どちらかというと、格闘技とか体操とかスケートとか、モノを使わないものがすきなもので。と言っても、テニスの選手とかスポーツ選手はよく診ます。

テニスはやはり「テニスエルボー」が多いです。

簡単に言うと親指側(橈骨側)の筋肉に異常が起こるんですが、
原因は「使いすぎ」と言われます。治療法は安静とかステロイド注射とかテーピングが一般的ですが、
調べてみると「身体運動の法則」に、背反し、拇指に力を入れてプレーすると(本来は小指側(こゆびそく)側(がわ)、中指を介して小指側側を運動作用点とするのが、人体に適っている)橈骨と上腕骨がねじれ、ということは付着している筋肉に負荷がかかり、腱がずれたりするわけですね。

要は、負荷もあるのですが、からだの使い方、動かし方に問題があるようです。

上手な人、怪我をしない人はこの辺りが自然にできているのでしょう。

 

橋本先生は、歪んだボディのままでスポーツするとからだを壊すと書いていらっしゃいます。また、運動とスポーツは違うとも。

さて、私がよく感じるのは、

操体の専門家だったら、テニスは気を付けた方がいい」ということです。

もっと言うと、西洋発祥の、伸筋メインのスポーツも、です。

何故なら、操体の基本的な動きは、武術や日本の伝統芸能に通じる「屈筋メイン」のところが多いからです(ここでは、どちらが良い悪いという問題ではありません)。

うちのフォーラムには野球やサッカーイノチ!と言うメンバーもいますので(笑)

私の知ってる方でも「操体やってますしテニスが趣味です」という方が何人かいますが、操体もテニスも「趣味程度」でという方が多いので、その辺はご容赦ください。

 

何に気を付けたほうがいいかというと、

連動の法則というものがあります。
これは「身体運動の法則」にも通じるのですが、

テニスをやる方は、ある動きができません。できませんというか、
テニスのからだになっているので、橋本敬三先生が説いている「身体運動の法則」にマッチしない動きがあるのです。

これは一人二人ではありません。

操体の講習時や、操体を受けて頂いた中で、何名かテニスをやっている、習っている、教えている、セミプロなどの方をみていると、

ある動きが表現にしくいのです。


テニスには適した動きなのですが、本来の「歪みのないからだが引き起こす自然な連動」ではないんですね。

なので「あれ??もしかしてテニスやってます??」というと、大抵当たります。

師匠に聞いたら「昔から知ってた」とのことでした。

 

操体を勉強するには、特に臨床家に必要な全身形態の連動性を会得するには

(趣味とか健康体操とかでやっているのでしたら、必要ありませんので、気にしないで下さいね)

それまで自分が持っていた、からだのクセ、スポーツのクセなどを、
真っ白にして最初から構築する必要があります。

 

よく「操体の勉強をしたいのですが、全くの初心者なので本で勉強してから講習を受けたい」という人がいますが、

独学でヘンなクセをつけるくらいなら、まっさらな状態で習ったほうがいいんです。

むしろ、ヘンなクセがつくと、直すのに、どんないい先生にかかっても、3年はかかります。

私の知ってる方は、テニスのクセが10年たっても抜けませんでした(でも継続して勉強してました。その点は偉いと思います)。

それくらい強烈なからだの使い方なんですね。

 

そう言われると
中学高校と、体育はサボってばかりいたので(フォークダンスとか球技とか集団スポーツが苦手)が10段階の4だった(しかし運動会の徒競走は殆ど1位で、ヨガは13歳の頃からやっていた)私がですね、大学の体育の授業(一年で落とすと後が大変なので、これはちゃんと出た)で、始めてテニスをやった時、先生に「クセがなくていいね」(ほめたのではなく、多分まるっきりはじめてだったからだと思う)と言われたのは、今考えると良かったのかもしれません。

今まで「操体にはこれが役に立った」というのは太極拳です。

太極拳はやってもいいですね。できれば「制定拳」がいいでしょう。よくカルチャースクールとかでやっている「楊明時式」は、年配の方でもできるように、動きや負荷を簡略化しているので、からだの使い方、動かし方を勉強するのなら、二十四式の「制定拳」がお勧めです。あと、かっこいいのは「陳式」です。

 

なお、11月22日23日の東京操体フォーラムでは、ゲストの新部健太郎さんと私が
(23日予定です)、太極拳と気功について語るかもしれません・・・

 

また、操体の講習に長らく携わっていると、末端から動きを表現できないとか、何でも腰から動いちゃうとか、いろんなクセの人がいます。
それが結構いわゆる「スポーツが得意なスポーツマン」が多いんです。

そのスポーツ固有のクセが結構邪魔をしているんですね。

 

また、洋風の伸筋をメインに使うダンスをなさる方も、独特の動きが身についているので、注意が必要かもしれません。そう言う方に、連動の動きを指導すると「何だかヘン」だとおっしゃいます。

なので、スポーツパーソンの度合いと操体への親和度は必ずしも比例しないんじゃないかと思います。

 

私が「すごい」と思ったのは、平直行さんでした。

彼は元々現役時代私のところで操体を受けており、引退後に操体を勉強したいとのことで、三浦寛先生を紹介しました。

その際、それまでの「格闘技」の動きをリセットして操体的な動きを習得するスピードというか、変わり身の早さは驚きました。現在は「サムライメソッドやわらぎ」を主宰していらっしゃいますが、からだの使い方のクセをリセットできるという人はあまりいません。

 このあたりが凡人とは違うのかもしれません。